『時空の中洲で』 飛躍を経た深い透明度


社会
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『時空の中洲で』与那覇幹夫著 あすら舎・1650円

 時空の中洲に、詩人は佇(た)っている。そんなイメージがひろがってくる詩集だ。地層は何億年か、遥(はる)か先に堆積していて、現在に通じている。そして詩人は「見ろよ/終(つい)の命と、魂のよう/空には一本の/突っ支(か)いもない」と言葉を繋(つな)げる。

 このようなタイトルを思いつくのが詩人なのだと思ったりする。研ぎすまされているのだ、何かが。この「何か」がくせものである。彼はまったく生命体の圧倒的「力(ちから)」から逃げないし、むしろ圧倒的「力」を受け入れ、遊んでみようとさえしているかのごとく頭(こうべ)を上げている。そして、詩の特質である飛躍や思い込みが、詩人その人の飛躍や思い込みに近づき重なって、ぴったりくっついていく。

 最も美しいものが/最も疎ましいものになって/私の幼年は、真っ二つに/引き裂かれたまゝである。(最も美しいものが―)。

 彼は6歳のとき、疎開していた台湾から沖縄に戻るため基隆港にいた。しばらくすると沖縄本島から南に300キロ、石垣から北に130キロ、その中ほどの周囲115キロの赤茶けた台地の産土(うぶすな)の島に戻ってきた。さらに東京、沖縄へと渡る。しかし、与那覇幹夫の飛躍移動は思い込みとか想像性も加わっていくから果てが知れない。

 たどりついたのは、詩集『赤土の恋』の舞台となった貧土の島だった。文学的に蘇生した貧しい島。文学書のように山羊(やぎ)をひきつれ、奔放に生き続けたところ。詩に真剣に向き合ったり、突き離されたり受け入れられたりしたところ。

 それにしても与那覇幹夫の詩の透明度は深い。これは感性のなせる技術(わざ)なのだろうか。「あとがき」でフランスの詩人シュペルヴィエルの「運動」から「その馬は振り向いて/誰も見たことのないものを見た」という部分を引用した。続きは「それから、ユーカリの木陰で、/また草を食い続けた」と続くが、この部分は意図にそぐわないためかカットされ、別のものに繋げた。おそらく透明度の深さとはそのことである。それらのことも含めてゆっくり読んでほしい詩集である。

 (比嘉加津夫・詩人)

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 よなは・みきお 1939年、宮古島市生まれ。83年の詩集『赤土の恋』(現代詩工房)で第7回山之口貘賞を受賞。2012年の詩集『ワイドー沖縄』(あすら舎)で第46回小熊秀雄賞と第15回小野十三郎賞を受賞。ほかの詩集に『風の言ぶれ』(批評社)、『体温』(まろうど社)など。

 

与那覇幹夫 著
A5判 94頁

¥1,500(税抜き)