『平敷屋朝敏―歴史に消された真実の行方』 表現者 朝敏を読み解く


社会
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『平敷屋朝敏―歴史に消された真実の行方』比嘉加津夫著 脈発行所・3080円

 平敷屋朝敏の名は組踊「手水の縁」の作者として伝えられ、琉球文学史上に名高い和文学者としても広く知られているが、その経歴は謎に包まれており、研究も玉栄清良、池宮正治ら大学人により豊かな蓄積をみせているとはいえ全貌は明らかではない。

 それは、朝敏その人が近世琉球史上の一大政治事件「平敷屋・友寄事件」の首謀者として友寄安乗と共に極刑に処せられた上、王府によって関係する公的記録が全て抹消されて事跡を知る史資料が残されていないためである。その結果、同事件についても時の宰相・蔡温との対立説のほか和学(日本思想)と漢学(支那思想)との相克説など諸説があって定まっておらず、「手水の縁」の作者=朝敏説=を巡っても賛否の議論(池宮正治と西銘郁和)があるように定説を見ることができない。

 このような朝敏を包む歴史の闇を前に、先行する研究者たちの諸説への目配りを保ち、批判的に踏まえながらも、どの時代においても表現者の「生」は現実世界に規定される、という普遍的な道理に立って“文学と時代の接点”に着目。朝敏作品(和文学や琉歌など)を丹念に読み込むことでその内面世界と時代との関わりを解き明かして、朝敏の全体像を描き出すことを目指したのが本書である。

 内容は、「平敷屋・友寄事件」の考察に始まり、大半は『若草物語』『苔の下』『萬歳』『貧家記』などの朝敏作品や琉歌の評釈を通して表現者としての朝敏像を浮き彫りにする叙述で占められているほか、組踊の開祖・玉城朝薫との関係や朝薫作組踊についての作品論、蔡温の『御教条』に対する小論などがあって、朝敏と時代情況との関わりを側面から照射、全体の理解を助ける構成である。巻末に琉球和文学の傑作『若草物語』『苔の下』の著者による現代語訳が添えられているのも親切。

 著者は詩集や評論集の著作がある表現者であり、ユニークな特集で知られる雑誌『脈』を主宰する編集者でもある。その独特の感性による叙述は、大学人の学術書とは異なり、一般読者人にとって朝敏の世界を知る好個の一冊と言えよう。

 (新川明・ジャーナリスト)

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 ひが・かつお 1944年久志村(現名護市久志)生まれ。沖縄大学在学中、沖大文学研究会を発足。機関誌『発想』を創刊。1972年個人誌『脈』を創刊、85年に同人誌となる。著書に詩集『記憶の淵』、比嘉加津夫文庫(1)~(20)など多数。