『平成じぶん歌』 次代に語り継げる戦後史を


社会
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『平成じぶん歌』 「短歌研究」編集部編 短歌研究社・3850円

 『平成じぶん歌』は31年間続いた平成をどう生きたかを問う企画で、89人の歌人が31首を寄せる異色アンソロジーである。個人史としての回顧詠や災害やテロ、世相を詠(うた)ったものなど時代の陰翳(いんえい)が濃く浮きあがる。

・六月にだけ戦争は語られて戦 死し続ける二十万人
         屋良健一郎

 沖縄戦の体験者からあの凄惨(せいさん)な記憶が消えることはない。語り継がれるべき記憶が慰霊の日にだけ語られる。そんな平和教育に沈黙する二十万の戦死者たちがいる。沖縄は今も米軍基地によって分断され、激しく翻弄(ほんろう)され続けているのだ。

・反基地を反基地のみを正義と して強いる人らにわれは与せず
         同

 この一首は重い。民意とは多様な価値観の中から熟慮と対話を重ねて形成されるべきだからだ。私も反基地を正義と信じる一人だが、県外の私に見えていないものは多い。基地に反対しつつも多様な他者を包容しようとする屋良の苦渋は深い。相互理解の上に形成された民意ほど強いものはない。それは国策が強いてくる分断を越えて連帯する唯一の道であると私も思う。

・身ごもりて次第花芽となる臍(へそ) に触れればやはき春の感触
         佐藤モニカ

 胎内に柔らかな春を宿しているのだ。それは戦から最も遠い場所で育まれるべき新たな芽ぶきである。春の陽(ひ)ざしの中に生まれてくる子を脅かす権利など誰にもありはしない。私たちが今真に護(まも)るべきものは何なのかをこの一首は教えてくれる。

 平成は災害の時代だったが、同時に辺野古の新基地をめぐる国の横暴さが目にあまる時代でもあった。誰も時代と無縁に生きられるわけではない。新たな生命にも語り継げるような戦後史を築かねばと思う。

・沖繩戰に死にたる伯父をたましひの父となしけりみごもりののち
         水原紫苑

・ひとすじに南へ伸びる航雲を 目に追いて立つ 明日は沖縄
         久々湊盈子

 久々湊も沖縄の現在を憂慮して毎年訪沖する一人である。

(加藤英彦・歌人)

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 やら・けんいちろう 1983年沖縄県生まれ。名桜大国際学群准教授。本紙琉球歌壇選者▽さとう・もにか 1974年千葉県出身、沖縄県在住。2017年詩集『サントス港』で山之口貘を受賞。他にも受賞多数。

 

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