農家に求められる衛生管理の底上げ 34年前の「教訓」から見える課題とは… 〈感染豚コレラ 県内畜産業への波紋〉⑩


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ふん尿にまみれたコンテナで鹿児島へ輸送される牛(読者提供)

 1986年10月4日、名護市と本部町で豚熱(CSF、豚コレラ)が発生したのを皮切りに、中南部にも飛び火して感染は本島全域に広がった。当時、県中央家畜保健衛生所の技師として防疫措置に携わった獣医学博士の又吉正直氏(64)は、感染拡大の背景について「当時は県の検査ミスで陽性を見落とすことが多かった」と振り返る。

 31歳だった又吉氏は、家畜防疫員として豚の殺処分やワクチン接種の第一線を駆け回った。翌年に「沖縄県における豚コレラ発生記録」をまとめ、豚熱の脅威や当時の対応を記録として次世代に書き残した。

 それ以来、34年ぶりに県内で発生した豚熱の感染に対し、又吉氏は1月17日付の琉球新報の論壇に「ワクチン接種は最後の砦(とりで)」と題して投稿した。ワクチンの安全性を科学的に解説した上で、それでも現時点で接種をするべきではないと論を張った。又吉氏は反対の理由を「安直にワクチンに依存すれば防疫の手抜きにつながり、海外悪性伝染病の侵入を許す」と語る。

 前回の豚熱発生時は、国の指針でワクチン接種が義務付けられた。だが、ワクチン費用は市町村ごとに補助率が異なり、経済的理由でワクチンを接種しなかった農家から感染が広がることもあった。

 伝染病のまん延で養豚場の衛生管理について農家の意識が一時的に高まったが、ワクチン接種の安心感から衛生意識が低くなる影響もみられた。又吉氏は「そのことが県内で豚熱の発生を長期化させた」と34年前の「教訓」を語る。

 今回の豚熱の発生を巡る防疫意識については、県内で子牛を育てる繁殖農家の女性から「日頃から行政の防疫に対する甘さ、怠慢がこのような事態を起こした」という意見が琉球新報に寄せられた。

 この農家に取材したところ、沖縄の畜産業におけるずさんな衛生管理の一例として、競りで購入された子牛を沖縄から鹿児島まで送る輸送船で、コンテナの清掃や消毒がされず、床にふん尿が常にたまっている実態を指摘した。不衛生な環境に置かれた牛の中には、鹿児島に到着するまでに死亡するものもある。

 農家は「競りの後の子牛の衛生管理は運搬業者と購買者の問題になっているが、行政の指導は見聞きしたことがない。このような状態では口蹄疫(こうていえき)などの伝染病がいつ侵入してもおかしくない」と警鐘を鳴らす。

 豚熱の感染終息に向け、22日には県CSF防疫対策関係者会議でワクチン接種の方向性を中心に議論が交わされる。目の前のウイルス鎮圧が最優先なのは当然だが、再発防止のためには、農家の衛生管理の底上げや目に見えないウイルスから農家を徹底的に守るといった本質的な議論を避けて通るわけにはいかない。

 沖縄の畜産振興を見続けてきた又吉氏は「防疫の基本は生産者が飼養衛生管理基準を守ることだ。衛生管理の向上を図ることは、防疫だけでなく畜産農家の生産性の向上にもつながる」と強調した。

(石井恵理菜)
(おわり)