社会

「探し続けたい」 亡き祖父の故郷・沖縄でルーツ探し パラオの大統領補佐官

自身の祖父と同じ名前を持つ「ヤマシロナベスケ」さんの生家周辺を訪問したパラオ共和国のエルデベエル大統領補佐官(右端)=6日、名護市三原区

 沖縄で生まれた祖父のルーツを明らかにしたい―。沖縄とパラオの結び付きを強めるため来県した大統領首席補佐官のセシル・エルデベエルさん(51)。訪問のもう一つの目的は、沖縄県北部のやんばる生まれという祖父「ヤマシロナベスケさん」のルーツ探しだった。

 ナベスケさんは1897年から1902年ごろにやんばるで生まれた。パラオに渡った後は農業と漁業に従事。戦時中はパラオで従軍した。戦後もパラオで暮らし、70年に亡くなった時、エルデベエルさんは2歳だった。「面影を覚えている。たまにだっこされた」と記憶はうっすらとしか残っていない。

 ナベスケさんには子ども8人、孫が40人いるが、来沖できたのはエルデベエルさんが初めてだ。「(パラオから)遠く、言葉も通じないので来るのに時間がかかってしまった。家族のためにも親族を見つけたい」

 事前に県立図書館の司書らが調べたところ、「沖縄県史資料編17 南洋群島関係資料近代5」に「山城鍋助」という名前が。1900年8月16日生まれで本籍地は旧久志村三原。パラオで44年、日本軍に現地召集されていた。名前と生年月日からナベスケさんの可能性が高いとみられる。

 6日午前、県立図書館を訪れたエルデベエルさんに情報が伝えられた。涙を浮かべて戦前の名護市の風景写真に見入り、「一歩一歩、ルーツに近づいてきている」と期待感を胸に、県職員と三原区に向かった。記録に残る番地の辺りで区民らから聞き取りをしたが、親族にたどり着けなかった。「これからも探し続けたい」と語り、記憶の向こうの祖父に思いをはせた。(中村万里子、塚崎昇平)



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