『ドナルド・キーンの東京下町日記』 日本を愛した者の遺言


社会
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『ドナルド・キーンの東京下町日記』ドナルド・キーン著 東京新聞・1760円

 東日本大震災の発生から1年になろうとした2012年3月8日、世界的な日本文学者と知られるドナルド・キーンさんは日本国籍を取得した。「外国人の時はお客さんなので遠慮したが、日本人なので言いたいことを言う」。この言葉をきっかけに12年10月、中日新聞グループ各紙に連載「東京下町日記」が始まった。本著は最終回の3月までの全70回を収めた。19年2月24日に96歳で亡くなるまでをつづった、日本人キーンさんの最初で最後の日記だ。

 コロンビア大在学中に源氏物語の英訳本と出合い、日本文学への関心を抱いた。国籍取得後、主に東京で暮らしたが、沖縄やニューヨークなど世界各地の体験も記した。「私の使命は日本文学の宣教師」と自負したように、限りない日本文化への愛と敬意があふれる。三島由紀夫や司馬遼太郎ら大物作家との交流は、いずれも日本文学史に刻まれるべき逸話だろう。

 23歳の1945年4月、海軍語学士官として沖縄戦に従軍した。当時、ハワイ県人の米兵らとチームを組み、ガマに潜む住民に投降を呼び掛けた。共に呼び掛けた仲間で北中城村にルーツを持つ故・比嘉武二郎さん=享年(94)=も取り上げている。戦時中に沖縄の民家で歓待され、一つだけ覚えたウチナーグチを使ったエピソードにはキーンさんの人柄がにじみ出る。その言葉は読むまでのお楽しみ。

 戦後75年を迎えるが、いまだ未解明の謎は多い。沖縄戦捕虜がハワイに移送された理由もその一つ。キーンさんはハワイへの移送作戦に加わり、核心に近い存在だった。3年前、筆者はキーンさんに取材を試みようとした。古浄瑠璃のロンドン公演を控えている状況のため、実現しなかったことが悔やまれる。

 平和と日本国憲法9条を尊び、キーンさんは16年のリオ五輪の報道を全体主義的と指摘し、注目すべきニュースが埋没したと危惧した。滞在中のロンドンでは東京五輪への憂いを記した。「光に幻惑されず、批判すべきを批判し、報ずべきを報じるジャーナリズムが試されている」。日本を愛した者の遺言を胸に刻みたい。

(琉球新報記者・島袋貞治)

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 ドナルド・キーン 1922年、米ニューヨーク生まれ。コロンビア大で日本文学を専攻、教授、名誉教授。古典から近現代までを英訳。2012年日本国籍取得、19年逝去。文化勲章受章、菊池寛賞など。著書は「日本人の戦争」「明治天皇」「思い出の作家たち」など多数。

 

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