『竹取や 御主前ぬ物語』 広がる沖縄語の可能性


社会
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『竹取や 御主前ぬ物語』宮良信詳訳注、ミキシズ絵 琉球新報社・2750円

 あのかぐや姫の物語を沖縄語(うちなーぐち)で読む。この度、日本最古の物語、「竹取物語」が宮良信詳氏の訳注により、「竹取(だきとぅ)やー 御主前(うすめー)ぬ物語(むぬがたい)」として上梓(じょうし)された。訳者の宮良氏は、長年にわたり独自の立場から沖縄語を研究、世界の言語史を引き合いに幅広い視点に立って、最新の研究の成果も踏まえ、明治以来、中央政府からたたき込まれてきた「沖縄方言」観を根底から見直し、沖縄語は日本語(やまとぅぐち)と姉妹関係にあり、一千年以上も使用されてきた独立した言語であるとしてきた。

 しかし一方で沖縄語の現状は危機にある。一般にわれわれは話し言葉として沖縄語を用いる事はあっても、書き言葉としての沖縄語を用いる事はなかった。本書と前後してタイミングよく訳者が一般向け解説書「うちなーぐち―しくみと解説」を公刊したのも、沖縄語の将来に対する危機感が背景にある。かくして、訳者が「十九年程前に本書の勉強会を始め」てきたのも、沖縄語が「現代日本語よりも奈良時代あたりのずうっと古い日本語との関係が深いことを感じ取ってもらう」ためだという。従って本書は光り輝くかぐや姫の物語を通して書き言葉としての沖縄語の独自の世界を創り上げる事を狙いとしている。

 読んで先ず感じた事は、訳者による翻訳作業上の創意工夫がそこここに看取されるという事である。この意味で本書は翻訳を越えてオリジナルの世界を醸し出している。さらに訳者は節ごとに精緻な注を加え、付録として「沖縄語表記法の心得」の具体例を示し読者の理解を助ける工夫を凝らしている。評者も初めは戸惑ったが、音読し耳で確かめる事によって理解を深め、徐々に慣れ、静かで味わい深い挿絵の助けもあって、かぐや姫のおとぎの世界にいざなわれた。

 本書は沖縄語の可能性を広げ、新しいジャンルを開いた。本書が朗読会や演劇などで取り上げられ、ラジオなどを通してさらに広められ、話し言葉とともに書き言葉としての沖縄語の存続・定着・普及、ひいては琉球文化の大いなる興隆に資する事を願ってやまない。

(比嘉清松・元松山大学学長)

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 みやら・しんしょう 1946年石垣市生まれ。琉球大名誉教授、沖縄外国文学会顧問。専門は言語学。2011年~15年、琉球継承言語会会長を務める。近著に『うちなーぐち しくみと解説』(沖縄時事出版)など。

 

訳注:宮良信詳、絵:ミキシズ
B5判 160頁

¥2,500(税抜き)