店内はまさに古書の宇宙 本のソムリエ、詳報つなぐ BOOKSじのん店長の天久斉さん 藤井誠二の沖縄ひと物語(13)


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 この店で沖縄関連の本で手に入らないものはまず、ない。そしてオーナーではないが運営全般を仕切る天久斉さんの、沖縄本についての博識に頼ったほうがよい―いつ頃からかは忘れてしまったが、そう私はメディア業界の先達たちから、「沖縄」を取材するときの「ルール」めいたことを教わってきた。

 じっさい私は、沖縄に通いだした十数年前から同店に足を運んでいるし、沖縄にいないとき、沖縄関連の本をネットで検索すると必ず「じのん」に在庫があるので注文している。私が真栄原新町の戦後史を中心に描いたノンフィクション『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』を取材している最中、真栄原交差点近くにある同店の天久さんに知恵を借りようとたずねたとき、「新町に関する資料はほとんどないんです」という一言がじつはモチベーションの一つになった。天久さんが詳しくない領域なら誰も手をつっこんでいないはずだ、と。

うずたかく積まれた沖縄関連の古書の山を仕分け中の天久斉さん=2019年12月9日、宜野湾市真栄原のBOOKSじのん(ジャン松元撮影)

古書の宇宙

 天井が高く面積も広い店内はまさに古書の宇宙である。眺めていると時間が経つのを忘れる。「沖縄県産本」という棚はつくっていないが、沖縄関連本から、その他の社会科学、文学や哲学書まで幅広い。そして圧巻なのは沖縄関連本には各種ミニコミ、自費出版物、各市町村史、非売品の行政文書や業界団体の冊子や要覧類まで膨大な冊数が揃(そろ)えられていることである。

 「行政資料等で棚にしっかりスペースをとっている本屋は沖縄では限られてると思う。本の動きも鈍いしね。仕入れのルートはいろいろあるけど、行政機関と関係のある団体や個人から入ってくるんです。非売品の県や行政の資料とか、こういうものを欲しがる人もいて、商売になるんだと、この店に入った当初から手応えがあった」

 『ヤンキーと地元―解体屋、風俗営業者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』を書いた社会学者の打越正行さんもこの店で、1990年に発行された『沖縄県建設業協会40年史』という大部の本を買ったことが研究・調査に大いに役立ったと言っていた。

バイトから出発

古書回収用の段ボール箱を載せたワゴン車に腰掛ける天久斉さん

 もともと店名は「ロマン書房」といい、1981年に創業した。天久さんが働き始めたのはその1年後のこと、「卒論が書けずに」琉球大学の5年生に籍を置いていた。

 「アルバイトから入ったんです。小学校からの友人がここに勤めていて、当時の経営者の片腕でもあった。彼はこの商売に可能性を見いだしていて拡大したいから、気心しれた仲間が欲しいと言われて手伝った。そうしたら、やりだしたらおもしろくて、ドツボにはまってしまって」

 そう天久さんは笑った。そして、宜野湾から大謝名へむかう方向を眺めながら、「当時はこの宜野湾にも古書店が7~8軒あった時期があり、東京の神田神保町とは規模が違うけど、新聞記事でも古本通りみたいな取り上げられ方をしたんです」と目を細めた。

 「ロマン書房」はフランチャイズで沖縄各地に店舗を増やしたが、やがて下降線をたどり、97年2月に「BOOKSじのん」と名を変えて再スタートした。「じのん」とは宜野湾を地元の方言でいう「じのーん」を縮めた。

 商品の仕入れは「市会」と呼ばれる古本業者の競り市で落札したり、特に探している本なら同業者の店舗に出向いたり、ネットを使って一冊単位で入手することもある。

 「が、何といっても基本になるのは客からの買い取りです。とりわけテーマを決めて収集していた研究者やコレクターが相手だと、質量ともにきわめて重要な仕入れ口になります。亡くなって遺族が処分するから取りにいくこともあります。買取金額を納得してもらえることが重要なんですが、なぜうちに売ってくれたのですかと聞くようにしています。やはり長く、同じ場所でやっている強みでしょうか」

 大学は国文科に進んだが、琉球方言研究クラブというサークルで学んだことが天久さんの今の仕事に大きな影響を与えた。同じ琉球弧に属する奄美については沖縄と同様に重視しなければならないことを、まず言葉の面から教わった。

快感

 ところで「県産本」はどうして生まれたのか。出版社の数も東京をのぞけば全国的に上位に入る。

 「いま現在で出版業をしているところは20社ぐらいあり、自費出版を手がけるところも入れるとかなりの数になります。それは沖縄という地理的な特徴のせいで、言葉や風習の違い等、独自の文化圏が独立していることがまず大きい。そして、米軍占領下で流通がままならないから自分たちで本をつくった、という歴史も関係していると思います」

 店で売る本は全部読んでいるんですか、といういささか間の抜けた私の質問に、「まさかあ、売る本は全部は読まない。値段をつけるために、本の内容の構成とか、状態のレベルとか判断します。希少本かどうかは今までの経験を通じてばっちりわかりますよ」と大笑いした。

 大学時代から古本屋めぐりは好きだったし、卒論を書くために言語学の本はよく読んだ。しかし、本の虫というタイプではない。

 「読むのが好きというより背表紙を揃えるのが好きかな。フェチというかコレクターというか、本に囲まれていることが快感なんです。そして私は物流業者ですから、本が売れたらもっと幸せ。一冊一冊の中身を詳しく知らなくても、出版社や著者などの情報だけでお客さんに対してリアクションできる。そういった記憶力は人一倍ある。あの情報とこの情報をつなぐことができる。そのほうが古本屋としては仕事になるんです」

 古本であれ、新刊であれインターネットで購入するのがあたりまえの時代になっているが、一人の知識や情報だけで検索して得られるのは、たかがしれていると私は思う。本のソムリエがつくる棚と経験値は何ものにもかえがたい。

(藤井誠二、ノンフィクションライター)

あめく・ひとし

 1959年宜野湾市生まれ。奄美・沖縄関係専門の古書店「BOOKSじのん」(旧・ロマン書房本店)店長。嘉数小・嘉数中・普天間高校を経て、琉球大学法文学部(国文学専攻)卒業。現在の仕事は勤続38年目を迎え、なお生涯現役が目標。業者仲間たちと共に楽しく仕事に励みながら、「80代になっても腰の伸びた元気な古本屋おじぃでいたいと夢想中」。

 

 ふじい・せいじ 愛知県生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学非常勤講師。主な著書に「体罰はなぜなくならないのか」(幻冬舎新書)、「『少年A』被害者の慟哭」など多数。最新刊に「沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち」。