井上ひさしさん没後10年「痛みを記憶し生き延びる」 こまつ座・井上麻矢さん、苦渋の上演中止を語る


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ありし日の井上ひさしさんの写真を前に、公演中止への思いを語る井上麻矢さん

 【東京】昨年沖縄でも初演された舞台「木の上の軍隊」など沖縄への思いも強かった作家の井上ひさしさんが亡くなって9日で10年がたった。「笑い」の中にも「怒り」を織り込み、「人間」を描いてきた井上作品。その作品を上演するこまつ座は、戦後75年のこの年に、思いもかけない新型コロナウイルス感染拡大で上演中止も余儀なくされているが、井上さんが残した言葉を改めて反すうしながら「生き延びる」意味をかみしめている。

 こまつ座は8日、新型コロナウイルス感染拡大や緊急事態宣言を受け、4月24日~5月8日に都内で公演予定だった舞台「雪やこんこん」の中止を決めた。

 一方で3月の外出自粛要請の下では「きらめく星座」の東京公演の初演をずらして挙行していた。それだけに、こまつ座代表でひさしさんの三女の井上麻矢さんは「こんなときだからこそ元気に上演をと多くの俳優やスタッフが準備してきただけに、中止は本当に苦渋の選択だ。この痛みをばねにしていきたい」と話す。

 今回の中止の判断を巡って麻矢さんは、ひさしさんの「記憶せよ、抗議せよ、生き延びよ」との言葉を思い返した。ヒロシマの原爆投下を描いた「父と暮らせば」のプログラムでひさしさんは、芝居が観客の「記憶の一部になるなら、ほんとうにありがたい」と書いた。

 作品を通して「戦後の痛み」も記憶していったひさしさん。その思いを継いで麻矢さんは「(新型コロナウイルスの)今の状況もわれわれはちゃんと記憶して、その痛みを忘れることなく、終息のために生き延びていく。今回のことで演劇に求められるものが付加されたと感じる」と語り、公演継続と中止とで揺れた判断を振り返った。