『トカラ列島の民話風土記』 歴史・文化論の視野広げる


社会
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『トカラ列島の民話風土記』下野敏見著 榕樹書林・2750円

 奄美大島と種子島・屋久島との間に位置するトカラ列島は「七島」とも呼ばれ、琉球の古典舞踊「上り口説」では「道ぬ島々見渡しば、七島渡中もなだやすく」と歌われている。本書はトカラ列島を構成する8つの島に伝わる民話についての報告書で、著者の下野氏は『トカラ列島民俗誌』などの業績もあるトカラ研究の第一人者である。

 沖縄に住むわれわれにとって奄美については何かと情報に接する機会は多いが、トカラとなると未知の世界だというのがほとんどではなかろうか。本書をひもとく際の第一の眼目は、民話を通してトカラの世界がどのように浮かび上がってくるのかということになるが、それに加えて、トカラ文化と琉球文化との関係も知りたいところである。著者は「トカラの島々には、北からのヤマト(本土)文化、南からの琉球(沖縄・奄美)の文化が根をおろし、それらは、今でも残って、貴重な行事や祭り、信仰となって」いると述べているので、紙幅の許す範囲内でいくつかみていこう。

 トカラの各島にヌーシ(内侍)とよばれる女性神役がいるが、宝島のヌーシの祝詞に「根神八重森、差す笠の宮」という語が登場し、島によっては根神山という神山が実在する。根神は沖縄では村落祭祀にかかわる神女名であり、「さすかさ」もオモロに登場する神女名である。村で中心的位置を占める家をトンチと呼ぶのは、沖縄の「殿内」につながるか。

 宝島で稲の初穂祭を意味するシコマは沖縄のシツマと同語であり、さらに、祈禱(きとう)師のことをモノシリと呼ぶのは、沖縄でユタの別称がムヌシリであることに通じ、ガワッパが魚の目玉を抜く、目玉のない魚はガワッパの魚というのは、沖縄のキジムナーの話につながる。糸満と久高島の海人たちのトカラでの活動の痕跡についても本書で知ることができる。

 琉球の歴史・文化論は、「道の島」(奄美諸島)を越えてトカラまで視野を広げた場合にどのような新たな展開が見えてくるのか、本書はそれを試みる際に良きガイドブックとして役立つはずである。

 (赤嶺政信・琉球大学名誉教授)

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 しもの・としみ 1929年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学卒業。鹿児島県内の高校教諭を経て鹿児島大教授、鹿児島純心女子大教授。文学博士。第1回柳田国男賞、第52回南日本文化賞、本田安次賞特別賞を受賞。主な著書に「南九州の民俗文化」(全25巻)など。