『ひたすら病める人びとのために(上・下)』 時代ごと、医療の「今」提示


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『ひたすら病める人びとのために(上・下)』大仲良一著 幻冬舎・上下各1650円

 世界中で新型コロナが猛威を振るう中、下巻が出版された。著書が奮闘する姿は、医療現場にいる医師の辛苦と重なり合う。難解な医学用語の解説も、丁寧に優しく語り掛けるような文体は理解しやすい。獣医である父親の影響を受け日本大学の獣医学部に入学するが、新宿の図書館で「シュヴァイツァー著作集」と出会い、医師を志す。久留米大医学部での天恵のような教授との出会い、出向先での病院経営者との出会いが著者の大きな成長へとつながっていく。

 印象深いのは、妻子を久留米に残したままの与論島への出向だ。町民7200人に医師一人。全ての疾病を診断することになる。一日200人の外来治療を行う中で、ある日起きた交通事故が、医療設備のない島での実態、沖縄における米軍支配下での医療制度を浮き彫りにする。著者は後に語る。―現場における苦しみ、悲しみは、戦いの現場にいる者のみが知る―。

 舞台は沖縄に移り、中央脳神経外科医院を設立。そして、常に時代のニーズに対応しつつ診療科目を増やし、セントラル病院として再出発。最新式の医療機器の整備を行いながら健康管理センターの設立、高齢者向け住宅のユートピア沖縄の設立など次々と事業を拡大する。

 一方、那覇西ロータリークラブでの活動も目ざましい。危険をかえり見ないポリオ撲滅のための活動では日本とインド両国の国際友好のシンボルとして、著者の名前をかぶせた奨学資金制度が制定される。医療に国境はないと実感した場面だ。やんちゃな少年時代、疎開先での移り変わる季節の中で育まれた感性、父からの教訓、切ない恋愛の結末。経営者としての理念の大切さ、夫婦愛、そして共に働く人々への感謝の気持ち。多くの出会いが人生を形づくる。

 単なる自叙伝ではない。昭和、平成、令和と変遷する時代背景の中で幾多の困難をも乗り越えて、今を生きる医療のあり方、今を生きる経営のあり方を提示する。人間大仲良一氏の生きざまを世に問う、男のダンディズムが煌々(こうこう)と輝く、セルフドキュメンタリーだ。

(仲本榮章・沖縄国際大経済特別研究員)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おおなか・りょういち 1935年糸満市生まれ。医学博士。医療法人寿仁会沖縄セントラル病院理事長。68年久留米大学医学部大学院卒業。県立日南病院脳神経外科医長、沖縄中央脳神経外科院長、沖縄キリスト教短期大学理事、沖縄セントラル病院病院長など歴任。