『喜如嘉192人の物語』 生活レベルで示す歴史の跡


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『喜如嘉192人の物語』 「喜如嘉192人の物語」刊行委員会編 ちとせ印刷・4400円

 沖縄の社会や地域は、人々の団結や結束が極めて強固だとされる。もちろん地域差もあり、時代の変遷で変化もあろう。この地域的な特性を肯定的にあるいは否定的にとらえるかによって、その評価は異なるだろう。故郷や生まれ島を親しく思い、愛する心情を持つことは、多くの人に見られる傾向で、ごく普通のことだ。

 富める人も貧しき人も、同様にそうだと断言できそうもないが。喜如嘉に生まれ戦前、戦中、戦後を生き延びた人々の航跡が物語風にまとめられている。人々は時代の制約の下で生きることを余儀なくされる。喜如嘉にとどまった人、出て行った人の相違はあるが時代の中で生きたことには変わりはない。

 本書で取り上げられた192人の生き方も例外ではない。沖縄近代史の歩みをその細部において、具体的に明瞭に示してくれる。その映像は実に貴重で、得難い資料となっている。日本史や県史の記述とは異なり、地域に生きる人々の生き方は、歴史の痕跡を生活のレベルでリアルに豊かに提供してくれる。個人が地域や国家の歴史とどう関わるかは、極めて掴(つか)みくい。その困難さの距離をいくらか接近させてくれている。

 それが本書の大きな功績であり特色だろう。もちろん背景には、例えば福地曠昭、山城善光らの蓄積が吸収されている。個々の人たちの戦争体験、戦後体験の豊富さは史実として後世に伝えるに値しよう。この地域史記述の方法は、必ずしも本書が初めてではないが、沖縄のあらゆる地域で実現してほしい。いわば先鞭(せんべん)をつけたことにもなろう。その手法が取られることの波及を私はひそかに期待したい。

 実りある労作だが、いくらかの疑問点は残る。全体を見て選定された人物の叙述に濃淡が残る。執筆者が多数にわたるので統一を図るのは無理な注文かもしれない。あえて自由な表現を遺(のこ)したのがその個性の豊かさかもしれない。将来に残る貴重な本だけに、正誤表や貼り付けの訂正があるのは、編集を急ぎすぎ、焦りすぎたか、なんとしても惜しい。  (我部政男・山梨学院大学名誉教授)

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 「喜如嘉192人の物語」刊行委員会 2015年発足の準備委員会が発展し刊行委員会へ。「先人の足跡をたどり、未来を展望すること」が刊行の目的。本は宜野湾市真栄原の「BOOKS じのん」で販売。問い合わせは(電話)098(897)7241。