『東大連続講義 歴史学の思考法』 知と思考の枠組み新たに


社会
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『東大連続講義 歴史学の思考法』 東京大学教養学部歴史学部会編 岩波書店・2200円

 歴史は暗記ものと言われる。歴史事象を多く記憶する者が「歴史家」と一般では認められる。本書はこうした認識を一変させる「歴史学的なものの見方・考え方」を知るための入門書である。もとは東大生に向けた各研究者のオムニバス講義のテキストで、「大学で学ぶ、最初で最後の歴史学」とうたっている。専門以外の学生は普通、歴史学を本格的に学ばないまま社会へ出て、以降は小説やドラマぐらいしか歴史に触れる機会はなくなる。

 ゆえに本書は大学を出た社会人にとっても「歴史学」を知るための最良の入門書となる。構成は「過去から/過去を思考する」「地域から思考する」「社会・文化から思考する」「現在から/現在を思考する」から成る。歴史の法則性、痕跡となる史料、時間の観念をどうとらえるのか。人びとの「まとまり」を一国単位でなく、地域や人の集合体でみた時に歴史像はどう変わるのか。異なる世界像や儀礼・表象、日常史から社会の常識や通念を相対化する視点。「近代」の知や考え方の枠組みそのものを疑ってみる視点。いずれの章も歴史を多彩な切り口で論じている。

 琉球・沖縄史との関わりで言うと、御後絵(国王肖像画)や沈没船遺物の分析から文献に限らない史料の多様性を論じた第2章、また従来の一国史観から地域、海域や境界などを設定する意味を論じ、琉球・沖縄史の広がりにも言及した第4章が挙げられる。

 文献史料が必ずしも豊富とは言えない琉球史では、史資料の柔軟な利用と他の学問領域との協業が有効であることに気付かされる。また方法としての«地域»の設定は可変的・重層的であり、琉球・沖縄を王国史から日本史の一部、環東シナ海域の国境をまたぐ交易圏、蝦夷から琉球・中国江南をまたぐ昆布流通圏、首里王府と先島の支配関係と、いくつもの姿を見せることができる。

 歴史学的思考は、現代社会だけを生きる我々の、思考の多様性や柔軟性を一挙に広げてくれる。それまで見えてこなかった「世界」の広がりや奥行きが本書で明らかとなるだろう。

(上里隆史・浦添市立図書館長)

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 東京大学教養学部歴史学部会 前期課程の歴史学に関する授業を開講している責任母体。執筆者は桜井英治、渡辺美季、田中創、杉山清彦、黛秋津、岡田泰平、大塚修、長谷川まゆ帆、岩本通弥、井坂理穂、山口輝臣、外村大。