『吉本隆明拾遺講演集 地獄と人間』 無名な大衆の存在根底に


社会
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『吉本隆明拾遺講演集 地獄と人間』吉本隆明著 ボーダーインク・4180円

 本の帯に没後8年とある。吉本隆明氏の思想に注目し、さまざまな課題を考えた人にとってはその命日は一つの区切りではない。個人や社会を巡る思索は過去も現在も将来も絶えず進行形だからだ。最後の講演録とあるが、まず、このような本が沖縄の出版社から刊行されたことに喜びと敬意を表したい。

 それにしても「地獄と人間」という書名は仰々しいが、ゆっくりと考えるとこれも納得。宗教関係の講演、原始キリスト教から日本浄土教の思想大系まで法然や親鸞、一遍の解説や極楽や浄土、その反対の罪業、地獄という言葉からの引用である。

 吉本氏には「最後の親鸞」という名著があるが、講演はそれを分かりやすくかみ砕いた解説といった印象を受ける。しかも吉本氏らしいのは、歴史の中の無名な大衆や個人の存在を「面々の御計らいなり」として、自由の獲得まで視野に入れていることだ。

 労働組合員への講演では農業問題から消費社会、バブル崩壊まで語る。ちなみに必需消費より選択消費が上回った時、それを消費社会と呼ぶということを初めて定義したのは吉本氏である。

 専門の文学、評論の分野の講演は幅広く、縦横に語り尽くされる。文学の専門家から小説など読まない、という人まで下りて語り尽くされる。

 話体の文学の村上龍から概念象を喚起する村上春樹の文体まで、大江健三郎の文章を茶化(ちゃか)し、江藤淳から有名な作家たちの文章まで、小気味よくバラバラに解体される。

 「知の巨人」と称される人は多いがバラバラに解体して小気味よく共感させることができるのは、吉本氏の思想が多岐にわたり、無名な大衆の存在が常にあるからだろう。

 吉本氏には対談集や講演集も多く、本書もその中の一つだ。吉本氏の思想は多岐にわたるが、このように分かりやすい講演集は貴重なのでぜひご一読を薦めたい。

(松島朝彦・医師)

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 よしもと・たかあき 1924年東京生まれ、評論家。文学、思想、宗教を掘り下げ、戦後思想に影響を与えた。沖縄の論考には「南島論」「南島の継承祭儀について」など。「共同幻想論」など著書多数。2012年に死去。次女は作家よしもとばなな。