『誰にも言わないと言ったけれど』 人間としての闘いの記録


社会
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『誰にも言わないと言ったけれど』ジェイムズ・H・コーン著 榎本空訳 新教出版社・3300円

 去る5月25日、ミネソタの路上で、白人警官が後ろ手に手錠をかけ、うつ伏(ぶ)せにした黒人男性の背後から膝で首を締め上げ続けた。「息ができない」と喘(あえ)ぎつつ、黒人は息絶えた。本書はその黒人フロイドさんが息も絶え絶えに黒人の歴史を書き上げたといえばわかりやすい。あのフロイドさんの冷酷な殺され方は白人優越主義・人種差別の米国で、黒人の歴史は、黒人奴隷、奴隷船、競売台、リンチ殺害、木の枝で吊(つる)す絞首用縄などの言葉に象徴される。その事件が通行人に撮影され、黒人の歴史が世界に一瞬可視化された。

 本書は黒人神学者ジェイムズ・コーン教授の自叙伝を師の教えを受けた教え子・榎本空氏が翻訳している。訳者は牧師の父と共に伊江島の宗教者としての阿波根昌鴻氏にも接している。訳しつつ黒人の歴史と琉球沖縄の歴史を重ねていたはずだ。

 コーン教授は黒人とニグロを使い分けている。キング牧師は生涯ニグロであり続けたが、黒人過激派から追及された時だけ「黒人」という言葉を使った。コーン教授は白人社会では「仮面をかぶって」ニグロとして生きていた。だが、自らの尊厳を蹂躙されることに我慢できず、自分の中の「ニグロ」を否定し、「白人神学者とたたかう怒りに燃えた黒人神学者に作り変えた」。これは沖縄でも共感を呼ぶ表現だ。

 「復帰」前、ヤマト留学し、そこで「日本人の仮面」をかぶったまま定年まで暮らし、帰郷した人たちがいる。すると、辺野古新基地建設にみられるようにヤマト国家に人間の尊厳が蹂躙(じゅうりん)されている故郷沖縄の姿に憤激し、にわかに「琉球人の炎」が燃え、辺野古通いしている人たちがいる。訳者は沖縄が辺野古でヤマト国家との闘いをやめないのは、黒人の師同様、人間であることを求めて闘っているからと受けとめているのだろう。不条理を撃つコーン教授の講義を受けつつ、心は常に沖縄に飛翔していたであろう。

(石原昌家・沖縄国際大学名誉教授)

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 JAMES・H・CONE 1938年、米・アーカンソー州生まれ。アフリカン・メソジスト監督教会牧師。黒人解放の神学の提唱者としてユニオン神学校教授を務め、2018年にはアメリカ芸術科学アカデミーフェロー(特別研究員)に選出された。