『「沖縄人スパイ説」を砕く 私の沖縄戦研究ノートから』 ゆがんだ歴史を照らし出す


社会
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『「沖縄人スパイ説」を砕く 私の沖縄戦研究ノートから』 大城将保著 高文研・1540円

 沖縄戦最終盤に出された大田実海軍司令官の「沖縄県民カク戦ヘリ」。当時本土の新聞は、この電文によって沖縄県民が軍に対し非協力的だったという説が打ち消された、と紹介している。どれほど多くの人が「沖縄人スパイ説」をうのみにしていたのか。日本にとって沖縄とは、沖縄人とはどのような存在だったのか。翻って、今はどうなのか。改めて沖縄戦の実相を知ることになる一冊である。

 著者は沖縄戦当時、九州へ疎開していた。地上戦を経験していない「負い目」のような感情が自分を研究に駆り立てた、と聞いたことがある。一方、疎開先での強烈な体験も忘れがたい。「沖縄戦で友軍が負けたのは、沖縄県民がスパイを働いたからだ」と言った地元民に、母親が半狂乱で抗議したのだ。近年は作家活動に集中してきたが、この問題だけは言及(げんきゅう)せずにいられない。本書の副題に史料調査の蓄積と著者の執念を感じる。

 「沖縄人にスパイはいたのか」という問いを追求するとき著者は、沖縄県民の忠誠心や愛国心の有無、全県を挙げた軍への協力体制だけにこだわらない。この問い自体に潜む、近現代における日本と沖縄のゆがんだ歴史を照射しようとする。

 琉球処分以来、日本が沖縄に抱いていた差別心や侮蔑(ぶべつ)感情は戦時下で顕在化し、極限状態の中でむしろ正当化されなかったか。勝ち目のない戦争を強引に推し進めたあげく、敗戦の理由を県民になすり付ける。偏見に満ちた先入観を、県民虐殺の口実にしてはいないか。

 わたしが大切にされ、あなたが信頼される。そういう社会から最も遠いところにあるのが戦争や戦時体制だ。75年前の8月、私たちはそんな社会に決別したはずだが、本当だろうか。不安や猜疑心(さいぎしん)にかられ、不信感や嫌悪感や憎悪を増幅させ他者を痛めつける。結果、自分の尊厳を自ら傷つけていることにすら気づかないのが現代社会だとしたら。沖縄戦は、真の平和を構築するために多くの教訓を残した。著者はそこから「沖縄のこころとは何か」を問い続ける。

(吉川由紀・沖縄国際大学非常勤講師)

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 おおしろ・まさやす 1939年玉城村(現南城市)生まれ。沖縄戦研究家・作家。沖縄史料編集所主任専門員、県教育庁文化課課長、県立博物館長など歴任。著書に「沖縄戦」「沖縄戦を考える」「琉球王国衰亡史」(嶋津与志の筆名)など多数。

大城将保 著
四六判 142頁

¥1,400(税抜き)