新型コロナの影も形もなかった2019年9月、ギリシャのクレタ島に遊んでヤギ料理を堪能した。
クレタ島のシンボルはヤギである。ヤギはヤギでもこの島だけに生息するクリクリ種という野生のヤギ。絶滅危惧種で厳重に保護され、食べることはもちろん捕獲も禁止されている。島で食べられるのはクリクリ種とは別の家畜化された普通のヤギである。
西洋のヤギは1万1千年ほど前にトルコ、イラク、キプロスなどで家畜化され、9千年前に家畜法と共にクレタ島にも伝わった。
一方クリクリ種のヤギは家畜化される前の野生ヤギの特徴を保持していて、その姿がデザイン化されて島の役場や観光業界の文書、またヤギ料理を提供するレストランなどのエンブレムとしても用いられている。食べることはできないが島人に大いに愛されているのだ。
クリクリヤギは過去に乱獲されて数が激減した。乱獲のエピソードで有名なのは、ナチスドイツに抵抗するギリシャ・パルチザンの男たちの物語。彼らは山に潜んでナチスと闘争を展開した際、ほとんど何も食べるものがなかったためにクリクリヤギを捕らえて食べては命をつないだ。そのときの乱獲がたたってクリクリヤギは絶滅の危機にひんしている。
片や食用になる家畜のヤギは島には非常に多い。羊も多い。当然ヤギ肉や羊肉料理もよく食べられる。レシピも多彩だ。味も抜群に良い。
クレタ島のヤギ料理は煮込みと炭火焼きが主体。ワインやハーブやオリーブ油などで作った独特のタレで味付けをする。タレは肉の臭みを消すと同時に素材に芳醇(ほうじゅん)な味わいを加える。初めて食する人に肉の臭みが嫌われることもある沖縄のヤギ料理とはかなり趣が違うのである。
(仲宗根雅則、イタリア在、TVディレクター)