『ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で』 当事者が語る「歴史の教訓」


社会
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『ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で』ミハイル・セルゲービッチ・ゴルバチョフ著 副島英樹訳 朝日新聞出版・2860円

 本書は、ソ連の最高指導者であったゴルバチョフが、自らの外交政策を振り返りながら現代世界の諸問題について思索した「平和の哲学」の書である。

 ゴルバチョフは、「全人類的利益」を優先する「新思考」外交を展開した。「新思考」の対象は、広義には環境問題、貧困、食糧、水不足などの問題だが、狭義には、核の全廃である。これは、「核戦争には勝者はいない。軍事手段だけで自らを守れる望みはどんな国家にもない」というゴルバチョフ自身の確信に由来する。

 ゴルバチョフ政権期(1985―91年)の半ば、すなわち、87年、INF(中距離核戦力)全廃条約が米ソ間で結ばれた。射程500―5500キロの核ミサイルを全廃するというこの条約は、中距離射程の物に限定的だったにせよ、全廃まで踏み込んだという点で、人類が初めて到達した画期的な核軍縮条約であった。そして、89年の冷戦終結宣言を経て、人類は核に怯える生活から解放されたかに見えた。しかし、そうならなかった。2019年、米ロはこのINF全廃条約を失効させてしまった。そして、今年1月、核戦争の危険性を象徴的に評価付けしているシカゴの「原子力科学者会報」の終末時計の針は、残り100秒まで進められたのである。

 ゴルバチョフは、本書で冷戦終結の内幕を語りながら、「平和の配当」を受け取ることに失敗しつつある後の世代に、こう警鐘を鳴らす。「世界は相互に関係し相互に依存している。…ひとつの国、あるいはひとつの国家グループの利益や価値を押しつけ、力を使った結果がはかない性質を帯びるのは歴史が示している。…結局のところ、力の政策は失敗する」

 ゴルバチョフが導きだした「歴史の教訓」は、大国パワー・ポリティックスでは世界の平和は導き出せないという点であった。それは当事者が語るからこそ迫力をもって訴えかけてくる。

 なお、本書において、ソ連の外交政策決定過程やNATOの東方拡大に関する米国との交渉会談記録等も明らかにされている。これらも冷戦史研究という点で興味深い。

(金成浩(キムソンホ)・琉球大学教授<国際関係史>)

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 MIKHAIL SERGEEVICH GORBACHEV 1931年生まれ。ソ連共産党書記長、ソ連最高会議議長。初代大統領を歴任。東西冷戦を終結させた功績などでノーベル平和賞受賞。ゴルバチョフ財団理事長。3回、来沖している。