『海神の島』池上永一さんロングインタビュー① 3姉妹の声、本当に聞こえるんです


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『海神の島』

 2017年に小説『ヒストリア』(角川書店)で第8回山田風太郎賞を受けた、沖縄県出身の人気作家・池上永一さん(50)の受賞後第1作『海神(わだつみ)の島』(中央公論新社・2090円)が9日、全国発売された。『海神の島』は今年4月まで読売新聞オンラインで連載した長編小説。遺産相続を巡って、沖縄出身の花城汀(なぎさ)、泉(いずみ)、澪(みお)の3姉妹が日本、米国、中国を巻き込み「海神の秘宝」の争奪戦を繰り広げる冒険譚(たん)だ。3姉妹が縦横無尽に活躍するジェットコースターのようなストーリー展開の中で沖縄戦や米軍基地などさまざまな問題が描かれる。池上さんにオンラインインタビューをし、執筆したきっかけやキャラクター、首里城再建などについて話を聞いた。(聞き手・宮城久緒)

★ネタバレ注意 (結末部分などネタバレを多く含むので『海神の島』読了後に読んでください)

池上永一さん(ホンゴユウジ撮影)

 ■基地を感性でとらえる

 Q:『海神の島』を書くきっかけは何ですか。

 A:私は八重山出身で八重山諸島の無人島を含めてほとんど全て渡航した経験がある。漁船をチャーターして嘉弥真島などにも行った。八重山の島はそれぞれ個性があって、よく理解していると思う。尖閣だけが僕の中にまったく入っていなくて、沖縄だと認識するにはちょっと遠すぎた。もし、尖閣が日本の領土で沖縄のものであったとしても、自分の物語の中に取り入れるためにどうしたらいいか、ずっと考えていた。尖閣って日本にとっても沖縄にとっても遠い場所なのではないかな、と。政治的な係争地として取り上げられますよね。それ以外の取り上げ方で尖閣というのが体の中に入ってくるんじゃないかなと思っていました。

 実は10年ほど前、今の担当編集者が担当になる以前に勤めていた会社にいた時に、ある作家を囲む会で何気なくその話をしたらしい。そのときに話をした一人が縁あって僕の担当編集者になり、尖閣を書いてみたいと話したら覚えていてくれていた。僕は全然忘れていました。尖閣を係争地として書くだけだと評論とかの方がいいと思う。小説として、いろいろな方に読んでもらう方法を模索するのには結構、難儀をした。

 Q:読んでどう話がころぶか分からず面白かった。

 A:一応、ミステリーの構造になっている。『ヒストリア』で戦後の沖縄を書いたので、次は現代を書きたいと思った。現代の沖縄も複雑な問題を抱えている。それを深刻に書くのは僕の仕事ではなく、物語という形にするうえでいろいろなテーマを入れた。人物とかストーリーテリングの味付けの一つとして、沖縄の現代の問題が入っているのが書くときの理想だ。重々しい問題を重々しく書くのではなく、政治的な問題に無関心な人でも興味を持って読んでもらえるように心掛けた。

 Q:沖縄戦や基地問題、基地の反対運動なども取り上げています。

 A:出身地の八重山には基地がない。高校時代に沖縄本島に行き、米軍基地を目の当たりにしたが、それが第一義的に問題だとは幼少期には思わなかった。キャンプ・フォスターの光景がすごく好きで一番しっくりくる。Cocco(沖縄県出身の歌手)に、おそらくキャンプ・フォスターのことに触れたと思われる歌があるが、いい歌だなと思って。基地をセンシティブな受け止めではなく、見たままの感性で書いているのがすごい新鮮だった。こういう風なとらえ方をする人っていいなというのがあった。

 基地のとらえ方に関しては定型が発達しているので、自分の感性よりイデオロギーの方が先に判断される。自分の感性というものを小説としては優先したい。基地を政治的にではなく、もっと素朴に見たときに登場人物にいろいろな感情が起こる。無知であったとしてもその登場人物の感性を通して、いろいろな感情が起きるということが見たかった。

 ■〝エロ〟と〝ロリ〟は得意だったけれど…

 Q:主人公に個性的な3姉妹を造形した理由は何ですか。

 A:『ヒストリア』も1人称だったので最初は1人称のモノローグを考えていた。物語を魅力的にするために、3姉妹が出てくる方にかじを切り直したのは、打ち合わせを初めて半年以上たってからだった。1人称のつもりだったが3姉妹で書くなら3人称でいこうということにした。3姉妹は最初は枠組みとしてしか考えていなかったが、名前を付けてキャラクター設定をした。汀から最初に決まったが、人物像ができた瞬間にこれはいけるという確信が湧いた。3姉妹を仲が悪い設定にして、けんかする時に〝エロ〟〝ロリ〟とお互いに言い合いをするのは決まっていた。では、次女の泉はなんて呼べばいいかな、と担当編集者に聞いた時に電話口で〝処女〟と。では〝処女〟でいこうと。

尖閣諸島

 〝エロ〟と〝ロリ〟は書くのは割と得意なんですよ。でも〝処女〟を書くのは、どうしよう、っていう。泉はすごく最後まで苦労しましたね。連載が終わってから単行本化に当たって原稿に目を通したんですが、泉はやっぱり少しずつ人物像がぶれている。最初っから男っけのない感じに書き直さなければいけないとか、手直しに長くかかった。

 一つも手を入れなかったのは汀。汀は全然ぶれなかった。汀が生まれてそのカウンターに、アウフヘーベンのような感じで澪がいた。泉は物語の軸線を握るのであまりめちゃくちゃしてほしくなかった。どちらかというと、作家側に寄り添っていてほしい主人公なんだけど、だれが読んでも主役だと分かるように書かないといけないから。堅物の優等生でも面白くない。汀はほったらかしても汀だ。これは僕、大好きで連載中に100枚で書いて、その後に60枚に削る作業を続けたが、削ったほとんどが汀だった。長すぎるし散らかしっぱなしだから汀を削らないといけない。物語を駆動させるのは泉なので泉の時にはすごく慎重に。汀の時は、もう知るか、って書いて。あまりにもやり過ぎたんで結局、削るんですよ。

 でも僕はもう汀愛に満ちあふれていて。最初の原稿で汀はスリランカのファイヤーリンボーダンスをやってましたもん。それ、いくらなんでもやりすぎだろう、って。店の中で火を回しながらリンボーダンスって。面白いんだけどそれやめて、じゃあ、イナバウアー飲みでって。少しだけ、味を残したんです。だから汀のやっていることなんてめちゃくちゃですよ。あり得ないことばかりやっているけどでも、なんか魅力的で面白かったんで。でもこれ読者がみんな、汀が好きになるよな、っていうのは分かります。

 Q:3人とも魅力的で個性的。澪さんがリタイアするのかなと思っていたが、最後の最後まで3人が相続争いを繰り広げましたね。

 A:澪は誰が見ても相続争いから脱落だろうって、書いていて自分でも思っていたので。澪を相続人に浮上させるために影のサポーターを入れた。なぜか澪が最後はいつもかっさらっていく。3姉妹を生き生きと書くと、本当に聞こえるんですよね、声が。自分が考えもしていないのに、自然に指が動いていく。文字づらを読んでいて書きながら笑いますね。ありえないって、ばかだな、こいつらばかだよな、って言いながら。でも毎日の連載なのでその一日分の楽しさを意識して書いているのはあるが、全体の構成もどこかで考えているところがあって。これ本当にまとまるんかね、ちゃんと終わるかなって。不安の連続でした。

(②「尖閣のこと、誰も語れない」につづく)=20日午後8時公開予定