学術会議任命拒否「理由明示し議論必要」<県内識者の見方㊤>


学術会議任命拒否「理由明示し議論必要」<県内識者の見方㊤>
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 かつてソ連では政治思想に基づく学説を唱えた生物学者ルイセンコが権力を握り、反対する科学者を排除した結果、学問の発展は阻害され国の食料生産も失敗した。科学にはカネを出しても口は出さないのが政治家の知恵であり、耳の痛いことも言う存在を近くに置くことで発展がある。

 日本学術会議が推薦した会員を、学術会議とは異なる評価をして総理が任命拒否することはできると考える。ただその場合は理由を明示し議論できるようにしなければならない。学術会議は学問に基づいて政府に答申や勧告を行うが、任命拒否の理由が明らかでなければ、そこに忖度が生まれる可能性がある。

 また今回の件で政府の動き以上に気になるのが国民による学術会議たたきだ。ネット上では学士院と混同されて「年金が出る」などうそも出回って炎上している。不況とコロナで心をけば立たせた人たちが標的を見つけて憂さ晴らしをしているように見える。そんな中、政府は行政改革として学術会議の運営予算を見直すとした。行政改革と言われて反対する国民は少ない。巧妙に計算されていたのではと勘ぐるほどだ。

 学術会議の活動は何か。日本学術会議法では「科学の向上発達」「行政、産業および国民生活に科学を反映浸透させること」と定められている。日本のアカデミアは学術会議を通して、これらの「サービス」を国民に提供している。

 例えば私が連携会員として所属する四つの分科会では、近年必要性を増す分野の研究基盤整備や、緊縮財政の中で廃止や荒廃が進みつつあった大学の臨海実験場などの維持と、よりよい利用などを提言してきた。県内では、設置が求められる自然史博物館に関するシンポジウムを開くなど市民向けの普及活動も行う。旅費節約のため各分科会の会議が年1回に制限されるほど乏しい財政の中、研究者としての業績にもならないことを地道に続けている。

 どんな組織にも欠点はあり、学術会議にも改善すべき点はあるだろう。しかし学術会議を批判する元会員もいるように、日本のアカデミアには自由に批判できる土壌があり、自浄効果はある。「密室で何をしているか分からない」とも言われるが、自分が見る限り、偏らず地道に科学と国民のために活動している。政府がやるべきは口出しではなく、予算をつけて十分活動できるようにすることだ。

 科学力がある国は強い。ばらばらにいる科学者が一つにまとまって研究環境を改善し、科学の成果を国民に還元することが、国民や国の幸せにつながる。そのような組織は学術会議しかない。これを既得権益として攻撃し解体して残るものは何か。国民にとっていい結果になるとは思えない。

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 菅義偉首相による日本学術会議の会員任命拒否問題は、拒否の理由を明らかにしないまま、会議の在り方に議論が移りつつある。問題の所在や国民、県民への影響について、会議の連携会員ら県内の識者に指摘してもらった。


つじ・かずき  専門は生態学、動物行動学で、アリなど社会性昆虫が主な研究対象。恩師はウリミバエ根絶に尽力した故伊藤嘉昭氏。2008年から日本学術会議連携会員、19年から日本動物行動学会長。県の環境影響審議会委員なども務める。