『琉球海域史論』 卓越した史料分析の全貌


社会
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『琉球海域史論 (上)貿易 海賊 儀礼 (下)近代 情報 海防』真栄平房昭著 榕樹書林・各13200円

 東シナ海と太平洋の狭間(はざま)に点在する島嶼(とうしょ)国琉球の歴史は、この大海を、その周縁に位置する国々とのつながりを隔てる荒波の拡(ひろ)がりと視(み)るか、それとも国々をつなげる網状の航路と視るかによって、描き出される歴史的景色が異なってくる。

 前者なら琉球内部の歴史的動向に焦点を絞りがちとなり、後者なら周縁の国々とつながるさまざまな営みが相互に作用しあい、それがまた、琉球内部の隅々にまで複雑な作用を引き起こすという視点に立つことになる。

 琉球の歴史は琉球だけで完結しているのではなく、大海を介して相互作用しあう国々との連動によって成立している、という複眼的な視点である。本書タイトルにいう「海域史」とは、そのような意味を持つ。

 当然、検証すべき課題は広域かつ多岐にわたることになり、整理すべき先行研究はもちろんのこと、蒐集(しゅうしゅう)すべき史料も膨大な量にならざるを得ない。従ってまた、これらを精緻に分析するための作業には、気が遠くなるような時間と根気を要する。それを成し遂げ、本書として結実させた著者の原動力は、沖縄の全てを知りたいという知的好奇心と、真実を明らかにしたいという学問的探求心であり、沖縄を愛する情熱にほかならない。

 上下2冊全35章に底通するテーマは海域諸国との交流であるが、それは東アジアにとどまらず、押し寄せる欧米諸国との軋轢(あつれき)も視野に入っている。

 その上で、各章では、船と航路、人員(船頭・水主)、航行技術と知識、海賊、漂流・漂着、貨物と流通、市場と利害、幕府・薩摩との関係と王権、情報のルート、航海の信仰と儀礼等々、多岐の問題に焦点をあて、徹底した史料分析に裏付けされた琉球の歴史像を提示している。まさに、琉球海域史における最新の研究成果であり到達点である。

 著者は琉球・沖縄史の研究発展に大きく貢献する個別論文を多数発表してきた。その成果の集大成を待望する声が各方面から寄せられていたが、本書刊行により、その卓越した研究全貌を体系的に学ぶことができる。

 (知名定寛・神戸女子大学教授)

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 まえひら・ふさあき 1956年那覇市生まれ。神戸女学院大学教授などを経て琉球大学教育学部教授。20年3月退職。主な著書に「旅する琉球・沖縄史」(ボーダーインク)、「新しい琉球史像」(共著、榕樹書林)、「列島の南と北」(編著、吉川弘文館)など。