「史実と物語 調和に苦心」 連載小説「宗棍」完結 今野敏さんが振り返る


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 今年1月から琉球新報本紙に掲載された新聞小説「宗棍」が10月末に終了した。作家・今野敏さんに連載を終えて、苦労したところや宗棍の功績について聞いた。(聞き手・小那覇安剛、高江洲洋子)

最終回を迎えた連載小説「宗棍」を振り返る今野敏さん=10月28日、那覇市泉崎の琉球新報社

 ―連載は琉球王府末期から琉球処分(併合)をへて、明治時代に至る動乱期を生きた沖縄空手の流派・首里手(スイディー)の創始者とされる松村宗棍が主人公。連載を終えての感想をお聞かせください。

 「松村宗棍は空手界で最も知られている人物。伝説は多いが史実として残る記録が少ない。それをどう物語にしていくのか書く前も、書きながらもずっと悩んでいた。曲がりなりにも書き終えてほっとしている」

 ―苦労したところは?

 「宗棍に関心のある人は多い。史実として読まれてしまうと『それは物語ですよ』と言い訳ができないから、当初は勝負の場面をたくさん描いて、楽しい読み物にしようと心掛けた。宗棍がどのような立場で薩摩へ行ったかについては諸説ある。在藩として派遣されるなら半年で入れ替わるが、示現流は半年で習得できない。物語として取り上げる上で困った。宗棍は激動の時代を生き、尚〓(しょうこう)、尚育、尚泰の3人の国王に仕え、冊封も体験した。どうしてもそれを書かざるを得ない。史実と物語のバランスの取り方に苦労した」

 ―国王の前で宗棍がさまざまな人物と勝負する「御前試合」の場面も読み応えがありました。

 「あれは完全に僕の創作で、勝負の相手も架空の人物。首里に住んでいる役人たちなので、家柄もいいだろうし名乗り頭も調べた。そうしないとリアリティーが出ないから。しかし、リアリティーを追求すると架空の人物が本物だと思われる。そのうち、(宗棍と勝負する)永山筑登之親雲上の子孫だと名乗り出る人がいるのではないだろうか(笑)」

 ―3人の国王をはじめ妻のチルー、師の佐久川寛賀筑登之親雲上(チクドゥンペーチン)、宗棍の弟子らも個性も豊かでした。

 「小説は主人公自身に自分を語らせるのではなく、周りのキャラクターをつくることによって主人公を浮かび上がらせるもの。キャラクターづくりに苦心した。特に尚〓王は割と率直で『天然』な人柄だと考えた。隠居も早く、現在の西原町棚原に居を構えた。そこへ宗棍が通っていたという史実があり、かなり親しかったと思う。妻のチルーは亭主の手(ティー)に理解があり、自分もやっている。ほぼ、理想的な夫婦関係だと思う。(御側守役に登用され)いい気になっている宗棍を戒めるため、チルーが宗棍に闇討ちをかけた伝説が残っている」

 ―これまで琉球新報の新聞小説に本部朝基を描いた「武士猿(ブサーザールー)」(2008年)、喜屋武朝徳を取り上げた「チャンミーグヮー」(13年)、松茂良興作を主人公にした「武士マチムラ」(16~17年)がある。世代わりへの向き合い方が空手家によって違うように感じた。

 「頑固党の松茂良の目を通すと、琉球が滅亡する寂しさと明治政府の理不尽さを描かなければと思った。宗棍は琉球王府に仕えているため、牧志親雲上ら弟子たちの不幸さが印象に残る。(琉球処分で)首里城を追われ、東京へ移り住んだ尚泰の近くにいた。宗棍は悲しみを抱え、松茂良は怒りを抱いていた。喜屋武は(東京で尚泰に仕えていた)父親から『喜屋武姓を名乗るな』と言われていたぐらいですから、彼もまた独特な環境に置かれた」

 ―「宗棍」の功績をどう考えていますか。

 「首里手をつくったのは間違いなく宗棍だと思う。誤解を恐れずに言うと中国武術と薩摩の示現流を結びつけるような武術をつくった。宗棍によって空手の源流が生まれた。その後、弟子の糸洲安恒らが空手の大衆化に貢献した。大衆化のきっかけになった大きな出来事は、太平洋戦争だった。空手が軍人の教練に利用されることもあった。学校でも教えられるようになり集団で習得するような体系が生まれた。(大衆化)の大元は宗棍であることは間違いない」

 ◇「宗棍」の単行本は2021年に集英社から刊行予定です。

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 こんの・びん 1955年北海道生まれ。78年「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞し、デビュー。2006年「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞、08年「果断 隠蔽捜査2」で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞受賞。空手有段者で、空手道場「少林寺空手今野塾」を主宰する。


◆型の動きに四苦八苦 挿絵・サイトウカナエさん

 連載を終えた今は、最終話まで伴走できた達成感でいっぱいです。戦いのシーンを描くのは難しかったですが、中でも、物語に何度か登場した「型」の動きを絵で表現するのに四苦八苦しました。実物を目にすれば、鋭い衣擦れの音や、動作の緩急を感じることができますが、ポーズを抜き取るだけではその迫力や巧みさが伝わりません。

 未熟者なので、ああでもないこうでもないと試行錯誤して、絵柄がずいぶん変わってしまい、最後の方でやっと挿画らしくなったかなという思いです。

 最後まで温かく見守っていただいた読者のみなさま、ありがとうございました。

 サイトウカナエblog https://kanae.okinawa/

 


<読者メッセージ>話の展開に加え、挿絵も魅力

 圧巻だったのは宿敵・永山親雲上との2度にわたる紙一重での勝利。その後、宗棍が慢心しているのをチルーが体を張って戒めた場面と(師匠の)照屋筑登之親雲上が武術家は勝負に一喜一憂してはならないと諭した場面は心に残った(中下信明さん、66歳、那覇市)

▽尚〓王の庶民性、宗棍とのやり取り、賢妻・チルーとの夫婦愛を大変面白く読んだ。きれいで丁寧な挿絵も大きな魅力。新しい小説を読もうという時、挿絵の存在が大きい(浦崎直明さん、66歳、那覇市)

▽これまで連載小説を最後まで読んだことはなかったが、毎朝、楽しみに読ませていただいた。巻藁も宗棍が考え出しことだったのですね。父が庭でやっていて懐かしく思い出した(糸数恵美子さん、81歳、浦添市)

▽作者は宗棍の人物像を謙虚で好奇心旺盛、物事を柔軟な思考で考え、さらに運動力・心理学といった科学的見地から「手(ティー)」を生涯探求し、奥義を極めんとしている。その教えは現代の沖縄空手家へ継承されていると感じる(仲尾武さん、65歳、那覇市)


※注:〓は「瀬」の「束」が「景」