<書評>『香港とは何か』 刺激される「沖縄」とは何か


社会
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『香港とは何か』野嶋剛著 ちくま新書・924円

 沖縄にとってもさまざまな示唆に富む本だ。次の言葉がその一例だ。

 「あなたは静かに暮らせているのでしょうが、誰かがあなたのために重荷を背負ってくれているのです」

 香港から台湾に移住した女性が引用した言葉だ。著者のインタビューに答えて、香港の現状に無関心な人に危機感を共有してほしいと願う場面だった。

 沖縄を連想させてしまうではないか。過大な基地負担を背負わされている沖縄に関心をもたず、基地と無縁に静かに暮らす人たちに向ける言葉に置き換えられると私には読めてしまう。

 著者は「香港が日本に代わって中国と向き合っていると考えることはできないか」と自問しているが、この自問の中の「香港」を「沖縄」に、「日本」を「本土」に、「中国」を「基地」に置き換えてもらうと、さらに分かっていただけると思う。

 むろん、この本は沖縄を書いている本ではない。1997年香港返還の際、50年は維持するとされた「一国二制度」を今の中国は大きく揺るがし、特にこの1年余、さまざまな抗議や主張をしている若者や文化人らの押え込みを強めている。その現状や背景について、歴史という縦軸と人脈という横軸をもとに深みのある解説をしている本だ。

 それでも沖縄を連想するのは例えば辺野古を思い出すからだ。一強の政治が地域の意向を無視してコトを進めている力学が香港と沖縄に通底している。

 著者は北京語の著書も多く、英語取材もこなす。香港映画から迫る分析や犬とバッタ論争の解説、豚とゴキブリの例え話なども面白い。東アジアの華人社会について知識や分析力、洞察力に富むジャーナリストならではの香港解説に満ちている。

 香港の人たちのすべてが反対デモをしているのではなく4割は親中国派、台湾で親中国路線に傾いている政党の得票率は4割、中国と仲良くするメリットがあるからだ、といった見方も紹介する。基地関連事業を受注する企業や軍用地地主の存在を連想する。書名を借用すれば、「沖縄とは何か」と刺激されてしまう本なのだ。

 (青柳光郎・ジャーナリスト)

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 のじま・つよし 1968年生まれ。ジャーナリスト、大東文化大学特任教授。上智大学在学中、香港、台北に留学。朝日新聞入社後、中国・アモイ大学にも留学。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経て2016年、退社。著書多数、近著は「なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか」。