<書評>『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ』 鮮やかな生命の変身態


社会
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『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ』喜山荘一著 南方新社・1430円

 人類の普遍に届く壮大な仮説が、本の姿をした蝶に化身し、琉球弧の自然の中から飛び立った―そんな印象を与える一冊だ。

 琉球弧の伝統的刺青(いれずみ)であるハジチ。そこに刻まれた紋様(もんよう)には、どんな意味が込められているのか。実はそんな本質的な問いに真正面から答えた研究はこれまで一つもない。著者は、人類学・民俗学的知見に加え、遺跡や貝塚についての膨大な調査報告データを精査し、ひとつの強度をもったある結論を導き出した。

 その核となるキーワードが「トーテム(祖先・生命の源)」と「メタモルフォーゼ(変身・化身・変態)」である。「人はアマン(ヤドカリ)から生まれた」という伝承が示すように、琉球弧では、身近な自然物をトーテムとして感覚し親しくつながって来たこころの形跡が、色とりどりの貝に覆われた貝塚、ジュゴンの骨で作られた蝶型骨器などの遺物、動植物の登場する神話や祭りなど至るところに残っている。

 しかもハジチ紋様の一部にも「アマン」「パピル(蝶)」といった、まさにトーテムを示す名称が伝えられてきた。この視点からハジチを見れば、手の指につけられた矢印はナミアゲハの羽模様(沖縄島)、手首尺骨頭部にはノカラムシの雄花(宮古島)、手首内側にはジャコウアゲハの羽化する瞬間(奄美大島)が浮かび上がり、島人はその鮮やかな生命たちのメタモルフォーゼ態として自らを捉えていたことが分かる。

 琉球弧の海や森など自然の美しさに圧倒される者は珍しくない。しかし東京出身の私が島々に深く揺さぶられる真の理由は、島人がいまだその自然とつながるこころを連綿と残しているからである。その「こころ」は近代化される以前の本土にもあったもので、私はそれを自分たちのために切実に取り戻したいし、そのことが結果的に島々を敬う態度につながると考える。

 本書のハジチ解釈は、単なる文化史を越え、現代日本において極めて重要な意味を持っている。

(谷川ゆに・古層作家、博士・文学)

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 きやま・そういち 1963年、与論島生まれ。東京工業大学卒業。マーケター。民俗学、人類学の領域を探求している。地域論の著書に「奄美自立論」「珊瑚礁の思考」。マーケティング論でも著書多数。