毎週水曜日、那覇市役所前ではヘイトスピーチ(憎悪表現)への反対運動「カウンター」に参加する市民が集まる。かつて市役所前で繰り広げられていた中国への敵対心をあおる男性の主張に抗議するものだ。だがある日、カウンターの目の前を通った街宣車から別の男性の怒鳴り声が響いた。「『ヤンキーゴーホーム』と言うのなら、まさにヘイト集団じゃないか!」。カウンターの参加者に米軍基地への抗議活動を行っている人を見つけたようで、抗議を「ヘイト」と訴えているようだった。米軍への抗議はヘイトスピーチなのか。
大阪経済法科大の客員研究員で、ヘイトスピーチに詳しい師岡康子弁護士によると、答えはノーだ。ヘイトスピーチとは、民族や国籍など集団や個人の属性に基づく差別とされている。変えることができない、簡単には変えられない生まれつきのものなどに対する差別的言動が、ヘイトスピーチになるという。
国や自治体に取り組みを求めるヘイトスピーチ解消法が2016年に施行された。不当な差別的言動の定義として「本邦の域外にある国もしくは地域の出身である事」などを理由とする差別と、第2条で定めている。条文に照らせば、アメリカ人であることを理由とする差別的言動はヘイトスピーチといえる。一方、米軍基地への抗議行動について、師岡弁護士は「アメリカ人であることを理由として出て行けという意味ではなく、『米軍は出て行け』という意味であるから、ヘイトスピーチではない」と指摘。「ヤンキーゴーホーム」という言葉についても同様の見解を示している。
県議会文教厚生委員会は9月定例会で、ヘイトスピーチの規制を求める陳情を議論し、委員の一人が「市民らの米軍基地への抗議活動についての規制も条例に盛り込むのか」と質問した。県は「前後の文脈や背景を総合的に判断する必要がある」と答えた。
国会でも以前、同様の議論があった。ヘイトスピーチ解消法案を審議する16年5月の参院法務委員会で、委員から「法案は米軍基地反対運動に対処するものではないか」とする趣旨の質問があった。議案提案者の西田昌司氏(自民)は、米軍や基地への反対運動は「立法事実として想定していない」「米軍の反対運動は政治的な発言、運動であり、この法律でやめさせようと言っているのではない」と明確に否定した。
ヘイトスピーチ解消法が成立し、今年5月で4年が経過した。インターネット上では、現在でも米軍への抗議活動について「ヘイトだ」とする投稿が数多く見られる。
那覇市役所前でのカウンター参加者からは、県民が「ヘイト」と「抗議」を同一視しているのではないかと懸念する声も上がる。カウンターに参加する女性はこう願った。「ヘイトと米軍への抗議運動は全く別なものだ。そのことを多くの人に知ってほしい」(西銘研志郎)