「沖縄の不条理今も」 コザ騒動4被告の元弁護団・照屋寛徳さん、裁判振り返る


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コザ騒動の判決を巡り「沖縄は今も国策の不条理を強いられている」と語る照屋寛徳さん=17日、宜野湾市

 【宜野湾】1970年のコザ騒動で放火などの罪に問われた4人の被告の弁護団の一員だった衆院議員の照屋寛徳さん(75)は、裁判闘争と復帰後の沖縄の状況を振り返り「沖縄は今も不条理を強いられている」と語った。4人は有罪となったが執行猶予が付いた。判決文に「犯行に加担するに至った心情は理解するに難くない」との一文も盛り込まれ、画期的といえる判決だった。

 東京で司法修習生だった25歳の照屋さんは事件に衝撃を受け、翌日沖縄の現場を訪れた。タクシーの運転手は「昨晩は給油所で即席の火炎瓶を作り、バーのウエートレスたちと一緒に男たちに手渡した」と話していた。現場は「すさまじい状況だった」。焼け焦げた軍警察のパトカーなどが道路に転がっていた。「指揮する者がいなくても誰も県民の財産、生命に危害を加えなかった。すごい事件だ」と振り返る。

 警察は逮捕者のうち4人を重罪の騒乱罪で送致したが検察は放火、凶器準備集合罪などで起訴。裁判は復帰後にかけて長期化した。弁護団に加わった照屋さんは「サイパンの収容所で生まれ、無憲法下の沖縄を生きた。基本的人権が踏みにじられる米軍支配への怒りは常にあった」と語る。

 弁護団は米統治下の圧政に苦しむ住民が「抵抗権」を行使したとして無罪を主張。復帰前の犯罪も日本の法律で裁くことを可能にした復帰特別措置法を「違憲だ」と訴えた。

 有罪になったが、判決は騒動の起きた背景に理解を示した。「事件・事故で命を奪われてきた県民の痛切な思いを理解する部分があったのだろう」と語る。

 一方で現在も米軍関係の事件・事故はなくならない。照屋さんは「まだ一触即発だ。同じ事が起きないとも限らない」と語った。