「ピアノが生きがい」パワハラでうつ病、腫瘍… 困難を乗り越えた女性を支えたもの


社会
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ピアノの音色を奏でる沢村郁さん=南風原町喜屋武の町立南風原文化センター企画ホール(本人提供)

 【那覇】「生きる価値がないと思っていた私、ピアノを弾いている幸せな時間が生きている証」―。重いうつ病、足に腫瘍、慢性疼痛(とうつう)性障害など30代から心身ともに体をむしばんだ病と向き合い、今、ピアノを楽しみ、人生を謳歌(おうか)している人がいる。神奈川県出身で沖縄在住15年の沢村郁(かおる)さん(60)=那覇市。病に苦しんだ時間を取り戻して52歳からピアノを学び始めた。60代はピアノ人生を充実させたいという沢村さんがこのほど、南風原文化センター企画ホールで還暦記念ピアノコンサートを開催。夢を実現させた。

 沖縄に移住する前の沢村さんは東京で仕事に打ち込んでいた。だが、約20年前に上司のパワーハラスメントを受けた。「生きるのがつらい。生きる価値がない」。重いうつ病を患った。休職するも「社会復帰できる自信がなかった」と当時を振り返る。

 約15年前、夫の昭洋さん(76)の定年退職を機に夫妻は沖縄に移住した。2年後、足に腫瘍が見つかった。手術で腫瘍を取り除いたが同時期に原因不明の激痛が全身を襲った。慢性疼痛性障害と診断を受けたのは数年後だった。

 ある日、那覇市首里で開かれた音楽会に行った。楽器を楽しんでいる出演者の姿に感銘を受けた沢村さん。「この舞台に立ちたい」と奮起した。52歳でピアノを習い始めた。すると次第に痛みがやわらいだ。目標の舞台でピアノを奏でることができ、ピアノに出合ってから8年後の今年10月、ピアノコンサートを開くに至った。

 ピアノと歩んだ人生の足跡をたどり、今年急逝した恩人へも曲を捧(ささ)げた。ベートーヴェンと自身の人生を重ねて練習したというピアノソナタ第8番「悲愴(ひそう)」を披露した。沢村さんを支えてきた昭洋さんがそばで見守った。

 沢村さんは「ピアノは生きがい。ピアノと出合わなかったら私の今日の呼吸はなかった」と前を見つめる。
 (中川廣江通信員)