<書評>『いまきみがきみであることを』 小さな声に耳を傾ける


社会
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『いまきみがきみであることを』白井明大詩 カシワイ画 書肆侃侃房・2420円

 春が近づくと、詩が読みたくなる。暖かな陽気に誘われて、ふと詩集を手にする自分がいる。詩は大体が短いし、小説ほど気構えなくていい。ことばの並びや音を楽しむ詩、作者の感情を思い切りさらけ出す詩、空想の世界や物語を描いた詩…色んなタイプの作品がある。ことばをもっと身近に感じたい時に、詩が読みたくなるのかもしれない。

 さらりとした手触りの表紙に銀のタイトル、ワイン色の帯が独特な雰囲気を醸し出す本書は、沖縄在住の詩人・白井明大と、漫画家・イラストレーターカシワイによる詩画集だ。恋愛や日常生活に戸惑い、揺れる「ぼく」の感情が「きみ」へのメッセージとしてつづられていく。

 いちばんだいじなことを/ことばにできるとはかぎらなくて/(中略)いっしょけんめい話すのに/どうしても/いちばん思っていることを/ことばにできない

 「うまくいえない」より

 難しいことばを使わないシンプルな詩は、すっと読み手の心に入り込む。さらに絵が、詩の中で書かれる日常と、ことばから連想される想像上の世界(宇宙に続く階段、鯨が跳ぶ海、広大な砂漠など)を自由に描き、読者を空想の旅に連れていく。言わずにいられない、溢(あふ)れるような思いは、詩と絵の相互作用で読者の内にまでどんどんと広がってゆく。豊かで、味わい深い体験だ。

 そして、ふと気づく。読者は「ぼく」の声に耳を澄ませると同時に、どこかにいるはずの「きみ」を思う。それぞれの存在に思いをはせ、それぞれの気持ちを想像する。その時、読者は「ぼく」であり「きみ」でもある。いつしか巡り巡って自分自身の心、ことばを見つめることにつながっていく。

 素直な感情をことばにし、誰かの小さな声に耳を傾け『いまきみがきみであることを』受け入れようと誘うこの本は、ことばに疲れた時、流されそうになった時、静かに寄り添ってくれる一冊だ。

(渡慶次美帆・くじらブックス店主)


 しらい・あけひろ 詩人。2004年「心を縫う」でデビュー。詩集に「くさまくら」「島ぬ恋」など。

 かしわい 漫画家、イラストレーター。主な仕事に「107号室通信」「光と窓」「眠れない夜にあなたと話したい10のこと」など。