【本紙ルポ】バリケード越しに更地 事故10年なお立ち入り制限 福島県富岡町


この記事を書いた人 Avatar photo 慶田城 七瀬
東京電力福島第1原発事故に伴い設定された富岡町の帰還困難区域のうち、避難指示が先行解除された夜の森地区。道路沿いにほぼ隙間なくバリケードが設置され、今も宅地への立ち入りは制限されている=11日午前、福島県富岡町

 【福島県で問山栄恵】事故を起こした東京電力福島第1原発から20キロ圏内にある富岡町。復興が進む地区と、10年たっても住めない、取り残された地区が混在する。東日本大震災では震度6強を観測し、最も高い所で21・1メートルの津波を記録した。津波で亡くなった人は24人、うち6人が今も行方不明だ。震災から10年となる11日、原発事故の傷痕がいまだ深い町内を歩いた。

 「この先帰還困難区域につき通行止め」。通行制限を知らせる看板が目に飛び込んだ。雲一つなく穏やかな日差しが降り注ぐ夜の森地区。原発事故に伴い設定された町内の帰還困難区域のうち、避難指示が先行解除されたが、道路沿いにはバリケードが並び、今も宅地への立ち入りは制限されている。

 バリケード越しに町並みを眺めると、屋根が抜けた家や店舗が点在。既に取り壊されたのであろうか、更地も広がっていた。残された家屋からは10年前の地震のすさまじさが伝わる。時が止まったような錯覚を覚える。警備員や報道関係者以外に人影はほとんどなく、あちこちで解体作業を行う重機が慌ただしく動く音だけが響いていた。

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 地震発生時刻の午後2時46分、同町中央のカラオケサロン。町が整備した複合商業施設「さくらモールとみおか」の向かいにあり、復興が進む地区にある。町内に自宅があり、原子力発電所の技術者である名嘉幸照さん(79)=伊是名出身=が町内や浪江町から集まった20人ほどの友人らと、海がある東側に向かって黙とうしていた。外からは犠牲者を追悼する防災サイレンが聞こえる。

 長年、原発に関わってきたことから「私は加害者であり、被害者だ」と語る名嘉さんは、黙とう後、「この10年、古里を追われ、戻れないまま亡くなった人がどのような気持ちだったのかを常に考えて過ごしてきた」と語った。町の震災関連死は452人(1月1日現在)に上る。「原発事故は人災だ。二度とこのような災害が起こらないように、東電は真実を話すことが責務だ」と言葉に力を込めた。

地震発生時刻に海に向かって黙とうする伊是名島出身で原子力発電所の技術者の名嘉幸照さん(左端)=11日、福島県富岡町(撮影 問山栄恵)