<書評>『詩集 ひとりの千年』 寂寥感と覚悟伝わる


社会
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『詩集 ひとりの千年』市原千佳子著 ジャプラン・2750円

 本書を読んで感じた印象は、まさに洗練充実の度合いを増したということである。不思議な詩もあり、複雑な情景と心情とが充満する作品世界のなかで、宇宙の循環性が根底に息づいているものが多いように思う。それらは「∞(メビウス)の滑り台で」「ひとりの千年」「子霊(こたま)銀河」「地球儀」「影踏み」「おがみ おりがみ」「落ち穂ひろいの十行詩」など、およそ十篇ほどが宇宙の時間意識と広大な空間を提示しているかのようだ。そのこと自体は詩集『♂♀誕生死亡そして∞』と『月しるべ』にもあったが、よりいっそうの思考の深化をとげているように見えた。

 ところで「落ち穂ひろいの十行詩」に「線があるとこわい/海の線がきれたら/つなみになる/地球のたて線とよこ線がとけたら/船も郵便屋さんもまいごになる/手紙がとどかないので/世界中の人がさびしいさびしいと言うだろう(『線』部分)」とある。非常に分かりやすく表現されていながら、詩人の優しさにあふれた、ほのぼのとするミューズより授かったメッセージだ。作者の落ち穂ひろいという言語行為に、読者の魂もまた救われて、共有できるという構造になっている。

 さて「家庭を捨て。職を捨て。私そのものを大人にしてくれた東京を捨て」(『月しるべ』覚書)には、推敲(すいこう)に推敲(すいこう)の山を重ね、紆余曲折(うよきょくせつ)の人生行路の果てに詩語を操る、その手さばきに苦くて美しいものを見た。霊は人ないし事物に宿って出来事を生ぜしめる。霊は人格や存在というよりは、はたらきという気がする。そのはたらきが次の作品にあった。

 「わたしはたった今から臍(へそ)をカアと呼ぶ/幾世とわたり来て/寂しさにこだまする カア/カアたちの震えが響きあうとき/ひとの魂が太古に触れるのは/避けられない/触れると 狂れる//しかし狂れたとて孤立ではない 断じて(「井戸(カア)」終連)」。この星に生きるものの寂寥(せきりょう)感と覚悟とがびしびしとくる。今が完熟の独白がここにある。傑作だ。

(髙橋渉二・詩人)


 いちはら・ちかこ 1951年、宮古島市の池間島出身。詩集『海のトンネル』で第8回山之口貘賞受賞。詩集「月しるべ」で丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセー「詩と酒に交われば」で平良好児賞。2020年から山之口貘賞選考委員。