<書評>『モーアシビからエイサーへ』 学問的実証と若者への共感


社会
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『モーアシビからエイサーへ』井谷泰彦著 ボーダーインク・1760円

 モーアシビとは、かつて沖縄の農村で未婚の男女が集い、野外で行われた歌舞の宴(うたげ)である。その主目的は、宴を通して結婚相手を見つけることで、古代の歌垣に通じる自由恋愛の場でもあった。類似の習俗は、中国の少数民族など、アジアの他地域でも認められるという。

 歌垣は奈良時代には消滅するが、モーアシビの習俗は20世紀まで続き、地域によっては庶民の8割がこれによって結婚していた。社会的役割の大きかったことが伺われるが、近代の同化政策や風俗改良運動では強く非難され、取り締まりの対象とされた。そのためモーアシビはまともに論じられず、実態が明らかにされることもほぼなかったようだ。

 著者は、社会教育学の視点からモーアシビの教育的機能に着目し、まずその実態を明らかにしようとする。2012年から13年に何度も沖縄に滞在し、体験者や見聞者を訪ねて聞き書きをしている。モーアシビは1940年代に衰退し、沖縄戦前後に消滅したから、体験者は調査時点で80代半ばを超え、話を聞けるタイムリミットとも言える時期であった。

 本書は、この貴重な聞き書きを中心に先行研究や地方史の断片的記述も丹念に拾って考察を加え、モーアシビの全体像を再構成していく。その結果、モーアシビの実態はかなり具体的に明らかになったと言えよう。

 例えば、参加する男女はほぼ同数で、それぞれドゥシと呼ばれる同性集団を構成し、男女の集団同士は対等の立場であったこと。歌舞は、伝統的なものを継承するだけでなく、カチャーシーの前後に男女が即興で琉歌を交わす掛け歌が行われたこと、など。モーアシビは、出会いや伝承の場であるとともに、言葉や芸能のセンスを発揮する創造の場でもあった。

 著者は、地味な学問的実証を重ねながら、同時に異性を初めて愛しようとする若者たちに共感を寄せる。そして性の問題を見据え、「馬手間」などモーアシビの否定的側面にも目配りしつつ、その文化全体を穏やかな説得力で解き明かしている。

(北村孝一・ことわざ研究者)


 いたに・やすひこ 1955年京都市出身。早稲田大学院教育学研究科博士後期課程修了(社会教育学・生涯学習論)。国士舘大非常勤講師。著書に「沖縄の方言札」(ボーダインク)など。