<書評>『福祉再考』 基地、「本土自らの問題」に


社会
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『福祉再考』田中聡子・志賀信夫編著 旬報社・1650円

 本書は、福祉の分野でこれまで論じられてこなかった社会構造の問題を、研究者や現場のソーシャルワーカー、NPO活動家、弁護士、司法書士が共同作業を通じて明らかにする新しい試みである。沖縄からの発信者は安里長従だ。安里が分析の対象に据えるのは沖縄の貧困問題である。本土では、沖縄の車がクラクションを鳴らさないのは強い同調圧力があるからで、こうした自尊心の低さが沖縄の貧困をもたらしているといった県民性論が流布しているが、多重債務問題に取り組んだ司法書士の安里が俎上(そじょう)に載せるのが、この種の自己責任論である。

 安里は問題の本質として、米軍占領期の基地依存型輸入経済構造、本土復帰以降の基地温存の補償型政治としての沖縄振興体制という構造問題を抉(えぐ)り出す。ここで安里が強調するのは、辺野古問題に象徴されるように、同じ民意の尊重といっても本土と沖縄の間に存在する歴然たる差別である。つまり安里にとって貧困問題と基地問題は「最低限の自由の平等」の剝奪という構造問題として、まさに「一体の問題」なのである。

 かつて安里は多重債務問題に関わって貸金業法改正運動に取り組み、全国の地方議会に意見書採択を求める陳情を展開した結果、世論の高まりを背景に法改正は実現を見た。ここ数年、安里は米軍基地のあり方を国民的な議論に基づいて決めるべきと全国の自治体に呼びかける運動を主導し一定の成果を収めているが、なお一部に止まっている。その背景には、中国の脅威に対処するには沖縄の軍事拠点化を維持することが地政学的に「軍事的合理性」があると見做(みな)す世論の存在があろう。しかし、中国の急速な軍事大国化は、海兵隊の分散に象徴されるように沖縄の脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにしつつある。そうであれば、海兵隊であれミサイルであれ、本土を軍事的に再編強化することこそ軍事的合理性にかなうはずだ。今や本土こそが、最前線に立つことを「自らの問題」として認識すべき時が来たのである。

 (豊下楢彦・元関西学院大教授)


 酒井珠江(スクールソーシャルワーカー)、片田正人(NPO法人「結い」事務局長)、田中聡子(県立広島大教授)、喜田崇之(弁護士)、孔栄鍾(大阪大JGSS研究センターPD研究員)、安里長従(司法書士)、志賀信夫(県立広島大講師)が各章を執筆した。