新課程「歴史総合」沖縄近現代の重要局面に抜け落ち<沖縄をどう学ぶ>上


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 文部科学省が2022年度から使う高校教科書の検定結果を公表した。新課程で設置された「歴史総合」の中で、沖縄の近現代史がどう扱われているのかや沖縄戦をどう記述しているのかを踏まえ、沖縄の歴史や沖縄戦をどう学んでいくべきなのかなどについて識者に寄稿してもらった。


 新課程で設置された『歴史総合』は、「世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉えて、現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史を考察する」必履修科目である。沖縄の近現代に関する基本事項も全出版社の教科書で取り上げている。ただし、扱う分量や内容、視点にはかなり違いがある。公表されている内容に限るが、いくつか感じたことを記したい。

抜け落ち

教科書検定に合格し、2022年度から使用される教科書

 まず、琉球併合(廃琉置県)について。多くの教科書が「琉球処分」として取り上げ、琉球王国が沖縄県となったことを記している。しかし、琉球併合が首里王府の意思に反して軍隊と警察の武力を背景に行われ、琉球の士族が清国に渡って救国運動に奔走していたことや、明治政府が清朝との交渉で宮古・八重山諸島を中国の領土として認め、日本の中国進出に利用しようとしていたことなど、歴史の重要な局面がほとんど抜け落ちている。

 そのため、「日本はなぜ強引な外交で琉球を領土に組みこんだのだろうか」(第一学習社)の課題学習では、日本が琉球を諸外国から保護するためとか、琉球の近代化を促すためだったなどと、安易な考えに陥ることも懸念される。指導にあたっては教材を補足するなど工夫が必要だ。明成社は琉球併合には触れず、尖閣諸島領有の正当性を記述している。

切実さ伝わらず

 次に戦後沖縄について(沖縄戦については別稿)。新課程が始動する2022年は、復帰50年の節目に当たる。それを意識してか、どの教科書も「日本復帰」についてはページを割いている。第一学習社は「沖縄返還」と題したコラムを設け、米軍支配から日本復帰を経て今の沖縄まで、問題点を指摘しながら簡潔にまとめている。沖縄が米軍支配下に置かれた理由として、中華人民共和国の成立や朝鮮戦争の勃発などで戦略的に沖縄の重要性が高まったことをあげているが、天皇メッセージによる日本の意向についても明示すべきだ。

 帝国書院は「歴史の選択肢」コーナーで、返還協定に関する屋良主席の声明文、都道府県別の在日米軍基地の割合グラフ、沖縄島のアメリカ軍専用施設の地図を掲載し、「あなたが考える沖縄の本土復帰とはどのようなもので、それは達成できたのか、話し合ってみよう」と、意見を述べ合う場を設定。明成社は1964年の東京オリンピックが、本土復帰の機運を高めることになったことを強調。復帰運動がおこった背景を詳述していないため、違和感を覚える。歴史教科書の採択率の高い、山川出版の記述が全体に淡泊なのも気になる。また、どの教科書も、米軍支配がもたらした悲惨な事件・事故や、凶悪な犯罪の具体的な事例には踏み込んでいないため、なぜ復帰運動が反戦平和と結びつき、米軍基地の「即時・無条件・全面返還」を訴えたのか、沖縄住民の切実な願いが伝わってこない。

基地問題の扱い

 普天間飛行場の辺野古移設(新基地建設)など米軍基地をめぐる問題は、出版社によって扱い方に差がある。実教出版は、1950年代なかば、日本国内の各地で基地反対運動がおこり、海兵隊が沖縄に移されて本土の基地が減少する一方、沖縄の基地が2倍に拡張されたことや、日本国憲法が適用されず日米安全保障条約も適用外だったため、核爆弾が最大で1300発配備されていたことなどを記述。1972年の日本復帰によっても基地は減らず、本土とは対照的に沖縄の米軍基地の比重が高まり、現在の7割集中の状態になっていることを説明している。

 東京書籍は「対立・協調」をテーマに、沖縄の基地問題の経緯を記すとともに、復帰前の米軍による暴力的な土地接収に抗議する伊江島住民と、辺野古で普天間移設工事に反対する現在の人々の写真を掲載。さらに、米軍基地の問題は沖縄だけの問題ではないとして、世界各地に米軍基地が置かれ、住民レベルでは多くの対立がおきていることを記述。資料として、世界に広がる米軍基地の地図と、韓国の反対運動及び2017年に安倍首相とトランプ米大統領が辺野古移設推進に合意した時の写真を掲載している。

 そのうえで「考えてみよう・調べてみよう」の課題を設け、4項目目に「沖縄県民の多くが反対しているにもかかわらず、なぜ政府間では普天間飛行場の辺野古移設推進で意見がまとまったのだろうか。『対立』と『協調』という観点から考察し、表現してみよう」と、議論を行うよう促している。

 ぜひ、取り組んでもらいたいテーマだが、授業の進め方によっては、日米両政府による国際戦略の立場から米軍基地の必要性が語られ、「沖縄に米軍基地が集中しているのはやむを得ない」との考えに導かれる可能性もある。教師の技量が問われる教材だ。

 結論を述べると、『歴史総合』は沖縄の近現代史を扱うには有効な科目だが、検定教科書のみでは琉球・沖縄史に内包された諸課題を考察し、主体的に問題解決を構想する指導を行うのは困難である。やはり、沖縄独自のテキストとカリキュラムを作成する必要がある。少なくとも教科書を補足する副教材と、それを指導するための時間は確保しなければならない。教育行政には、率先してその指針を示すよう要望したい。


 

新城 俊昭

 新城俊昭(あらしろ・としあき) 1950年本部町生まれ。沖縄大学客員教授。専門は琉球・沖縄史教育。沖縄歴史教育研究会の顧問として平和教育と琉球・沖縄史教育の普及に取り組む。近著に「教養講座 琉球・沖縄史」「高等学校 琉球・沖縄の歴史と文化」「これだけは知っておきたいよね おきなわのこと」など。