<書評>『野生動物のためのソーシャルディスタンス』 動物とうまく付き合うヒント


社会
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『野生動物のためのソーシャルディスタンス』 戸川久美著 新評論・2420円

 コロナ禍で「ソーシャルディスタンス」が日常に使われる言葉になってしまいました。動物の生態の研究をしていますと、動物たちもそれぞれの種の暮らし方に応じたソーシャルディスタンスを持っています。そして、この本で紹介されているのは、人間と動物の間のソーシャルディスタンスです。

 著者の戸川久美さんは、あの戸川幸夫さんの娘さんです。「あの」ということでピンとこられる方も多いかと思いますが、戸川幸夫さんは動物作家としてたくさんの本を書かれており、われわれ動物研究者も子供の頃に読んで、感動したり、泣いたり多大な影響を受けました。私にとってそれ以上に大きな存在であるのは、戸川幸夫さんはイリオモテヤマネコの発見者であることです。

 その娘さんの久美さんは子供の頃からいろいろな動物と付き合ってこられました。その中で、動物たちがかわいい、きれいだ、面白いというばかりでなく、人間と野生動物の付き合い方、野生動物の保護について考え、NPOを立ち上げて活動をされることとなりました。この本では、海外の情勢、法律、政治など野生動物に関わる複雑な状況についての知識や体験だけでなく、実際に動物のいる場所に住んでいる人たちや子供たちの動物への感情、そして何より久美さんが好きな動物たちへの思いをもとに、どうすればいいソーシャルディスタンスが保てるのかを模索された久美さんの長い長い活動(久美さん自身のお悩みや迷いも少し)が語られています。

 この本で取り上げられているのは、トラ、ゾウ、そしてイリオモテヤマネコです。それらの動物は皆さんが住んでおられるところから遠いところにいる動物かもしれません。難しい内容もあって、遠い世界の話のように感じるところもあるかもしれません。でも、離れていても彼らのためにやれそうなヒントもあります。また、周りを見回すと戸川幸夫さんの本に出てきそうないろいろな動物が実はすぐそばにいます。この本を機に、私たちも動物たちとうまく付き合うことを目指して、知恵を絞ってみませんか。

(伊澤雅子・北九州市立いのちのたび博物館)


 とがわ・くみ 認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金(JTEF)理事長。イリオモテヤマネコを発見した動物作家、戸川幸夫氏の次女。