『火山と竹の女神 記紀・万葉・おもろ』 「おもろ」の世界の鷲 論考


社会
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『火山と竹の女神 記紀・万葉・おもろ』福寛美著 七月社・2750円

 著者は、「おもろ」を文学としてだけでなく史料として読み込み、数々の著作で、古琉球といわれる時代の意外な景色をたくさん見せてきた。とりわけ、倭寇(わこう)とも武装海商とも呼べそうな沖縄島に割拠していた小権力者たちの躍動的、あるいは好人物的な一面に、リアリティーや親しみさえ感じさせた。切り口の新鮮さ、展開のユニークさ、決め言葉の潔さもあって、読者の脳裏に、先入観を吹き払う古琉球像を浮かびあがらせてくれた。

 新著は、三つの章で構成されている。各章で迫っているのは、カグヤヒメ(竹取物語)に投影されるコノハナノサクヤビメ(火山と竹の女神)、交易従事者から海賊へたやすく互換する白水郎こと古代海人、「おもろ」の世界で貴ばれる霊能強い鷲(わし)だ。

 三章はいうまでもなく、一、二章も、古琉球が生まれる時代背景として興味深く読める。そのキーワードは、薩摩の古代集団・阿多隼人であり、「鬼の海域」と著者が呼ぶ「キカイガシマ海域」以南が古琉球へ覚醒していく時期の重要人物・阿多忠景だ。

 忠景は、12世紀に勢力を誇った薩摩平氏で、海外との交易品を万之瀬川流域(持躰松遺跡)で中継貿易した。また、為朝の琉球入り伝説に忠景の影があるとする研究者もいる。勅勘を被ってキカイガシマ(城久遺跡)へ逃亡した記述が「吾妻鏡」にあり、「保元物語」では源為朝の義父だからだ。

 さて、三章だが、著者は「おもろさうし」に鷲の用例が25あるとし、世界を支配する鷲、戦勝の鷲、航海を守護する鷲など多彩な光景を広げて見せる。そして、鷲は王権・支配力の象徴であり、不可視の世界を見通すシャーマン性を持っていたと分析する。また、霊能のより強い神女がそんな鷲を捕らえて男性支配者に羽根を奉る、とも紹介する。

 「おもろ」の世界では、佐敷の西の門口に捕らえた鷲を据え、羽ばたかせる男が沖縄島の統一を果たす。では、霊能強い鷲はどこからやってきたのか。古琉球を包むベールから、実像がまた垣間見えてきそうだ。

 (鈴木孝史・元「週刊レキオ」編集長)


 ふく・ひろみ 1962年生まれ、文学博士、法政大学沖縄文化研究所兼任所員。主な著書に「『おもろさうし』と群雄の世紀」「奄美群島おもろの世界」「新うたの神話学」などがある。