<書評>『越えていく人』 多様な移民新世代の輪郭


社会
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『越えていく人』神里雄大著 亜紀書房・1980円

 「日本人/日系人」と聞いて、あなたはどんな存在を思い浮かべるだろうか?

 本書はペルーと沖縄、北海道にルーツを持つ著者が「日本人/日系人とは何か」という問いを携えて、南米ペルー、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジル、ボリビアの日系社会の若者を訪ねる旅の記録である。

 リマ市で生まれた著者は、生後すぐ来日し神奈川県川崎市で育つ。30歳の時、長く日本で育ったためペルーについて「語れることがほとんどない」と意識したのを機に、ルーツがある南米を訪れることを決意する。

 旅先で話を聴き、移民の歴史や日本社会の現状にも触れながら、「日本人/日系人」の境界について著者自身も自問する。その様子に、南米という遠くの地に生きる人々が、日本や沖縄にいる私たちと今もどこかでつながっており、どちらの立場で存在しているかは紙一重なのだということを考えさせられる。

 日本に生まれパラグアイで育った雅、イタリアと福島にルーツを持つブラジリアンダンサーのエドゥアルド、地元と同化が進むボリビア・ルレナバケの日本人子孫―本書に登場する人々は「日系人」とひとくくりにできないさまざまな背景を持つ“多様な個”だ。

 本書の独自性は、そうした日系ルーツの若者たちを見つめる著者をも含め、多様な移民新世代の輪郭を描き出している点である。そこから浮かび上がるのは、日系社会の多様性とは、実は「日本人」といわれる集団の多様性でもあるという視点だ。

 日系社会は日本よりも小さいので世界が狭小だと思われがちだが、狭い価値観にとらわれているのは、典型的な「日本人」を前提にしたがる日本社会の方かもしれない。それは、国民国家としての日本に同化し、多様なウチナーンチュの歴史を継承し忘れた現代の沖縄にも通じる。

 演出家でもある著者の文体は表現が豊かで、自身の内面の揺らぎや出会った人物の個性がまっすぐ伝わってくる。旅行記でありながら舞台を鑑賞しているような、読み心地の良い著作だ。多くの方に手にとってほしい。

 (徳森りま・早稲田大修士課程修了)


 かみさと・ゆうだい 1982年ペルー・リマ市生まれ。早稲田大在学中に演劇団体「岡崎藝術座」を立ち上げる。「バルパライソの長い坂をくだる話」で第62回岸田國士戯曲賞受賞。「亡命球児」で小説家としてもデビュー。