文庫化「沖縄アンダーグラウンド」藤井誠二さんに聞く ひっそり生きる人の回路に


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文庫版の「沖縄アンダーグラウンド」が刊行され、インタビューに応じる藤井誠二さん=那覇市のホテルロイヤルオリオン(大城直也撮影)

 ノンフィクションライターの藤井誠二さんが執筆し、2018年に沖縄書店大賞・沖縄部門も受賞した著書「沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち」の文庫版(集英社文庫)がこのほど、刊行された。同書や、本紙文化面で連載中の「藤井誠二の沖縄ひと物語」を通して感じたこと、沖縄で取材していく中で意識していることなどについて聞いた。(聞き手 古堅一樹)

 Q:宜野湾市の真栄原新町や沖縄市の吉原など売春街で働く女性や経営者、住民らに取材した「沖縄アンダーグラウンド」刊行から3年、どんな反響があるか。

 「あの街があることは知っていたが、どういう歴史があるのか知らなかったとの声が多い。『その街ができた背景を考えたことがなかった』『どうやって調べればいいか分からなかった』との声もある。不可視なものを可視化したということで老若男女問わず、興味を持ってくれたと思う」

 「歴史の中で沖縄の人々は翻弄(ほんろう)されてきた。基地に反対し、米国への反発運動もあった。それが表の歴史ならば、裏側では『沖縄アンダーグラウンド』で取り上げたような人たちが生き、時には反発し、時にはたくましく米軍の裏をかき、果敢に闘ってきた。『沖縄の庶民の血と汗のリアルがよく分かった』という反応が聞かれた」

 Q:文庫版で新たに設けた追補章は、米軍関係者が民間地域へ立ち入ることを禁止した「オフリミッツ」について取り上げた。

 「今回、書き足した1950年代にオフリミッツが連発された時期は、歓楽街の店舗とオフリミッツのいたちごっこだった。その中で、何とかしてみんな生き延びるためにやってきた。米国の理不尽とも闘ってきた。どういう経路でAサインができたかを改めて整理し、その過程が『沖縄アンダーグラウンド』で書いた歴史とリンクしているということを伝えたかった」

 「『沖縄アンダーグラウンド』は沖縄の裏面史みたいに捉えている人が多いと思う。一見すると、本の内容と(本紙文化面の)連載『沖縄ひと物語』はつながっていないように見えるかもしれないが、僕の中では沖縄を知りたいという一点においてつながっている。いろんな角度からいろんな人の目を通した沖縄を取り上げていきたいということでは直結している」

「沖縄アンダーグラウンド」文庫版

 Q:沖縄で取材する中で意識することは何か。

 「自分のポジションだ。自分はヤマトから来ている。ヤマトに対し良い感情を持っていない人も、そうじゃない人もいる。そのことを分かりながら、乗り越えていくためには人間関係をつくり、議論していく」

 「一人一人が語る声なき声をなるべく拾える観察眼と感性を持ちたい。子どもの貧困や引きこもりの人を支援するNPOのお手伝いもしている。子どもたちが置かれた貧困状態やDV、精神的な疾患の問題など、厳しい状況に置かれた家族関係も見えてくる。声なき声にコミットメントして話を聞き、僕にできることは何かを探したい」

 Q:取材で心掛ける点は。

 「連載『沖縄ひと物語』も、1回だけでなく、何度も会い、細かくいろんな言葉を交換し合う中でその人の思いを聞き取る。一方的に取材し、書くのではなく、一緒に言葉を探していく感じだ。土地や場所が持つ力を信じている。年配の方は昔の街、店の前などへ行くと、記憶がよみがえる。歴史的な資料も大事だし歴史的な場所も大事だ」

 「『フリーランスで、ヤマトから来て、男』という、どちらかといえばネガティブに捉える人が少なくないであろう、僕のポジショニングの中で、オリジナルな視点をいつも考える。市井の人、無名の人の声を取り上げることを意識し続けてきた。『沖縄アンダーグラウンド』に出てくるのは顔も名前も出さず、ひっそり生きてきた人々だ」

 Q:無名の人の声を取り上げたいという思いは、なぜ湧いてくるのか。

 「伝える手段を持っていない人と社会との回路になりたい。僕らは伝える手段を持っているので、ちゃんと機能させたい。沖縄は悲惨な戦争を経て、特殊な戦後史を歩まされてきた。もっと記録しないといけないものがあるだろうし、人間が生きる根源的な力というか、生きることへの渇望みたいなものがあると思っている。それを聞いていきたい。使命感ということではなく、生きてきた人たちの生き様の方に興味がある」

 Q:今後、沖縄で取り組みたいテーマは何か。

 「『沖縄ひと物語』を連載して、もっと紹介しないといけない問題があると感じた。例えば、同連載で取り上げた(草木染めデザイナーの)親富祖愛さんは、沖縄の中でも差別があるという二重構造を指摘した。(人種や肌の色が違うような)ミックスの人たちに対して無理解があることを話していた。『沖縄とヤマト』だけでは割り切れない問題がいっぱいある」

 「子どもの貧困の問題などについてもそうだ。最低賃金も含め、構造的になぜ沖縄が貧困にさらされているのか。アフターコロナの状況でいろいろなことを考え直し、新しい沖縄像をアピールしていく一助に関わっていければいいと思う。そういう芽を出しかけている人に今後も会い、学んでいきたい。いろんな人たちに会う中で、傾聴に値する考えがあり、そこに至るまでの生活史、物語がある。それらを記録したい」


 ふじい・せいじ 1965年愛知県生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学非常勤講師。教育問題、少年犯罪を数多く取材し、犯罪被害者遺族の支援などにも携わる。主な著書に「体罰はなぜなくならないのか」(幻冬舎新書)や「『少年A』被害者の慟哭」(小学館新書)、共編著に「死刑のある国ニッポン」(金曜日)など多数。