米軍普天間飛行場に起因した事故が頻発する中、米軍オスプレイによる部品落下事故の一報に、県や宜野湾市は13日夕方以降、慌ただしく情報収集に追われた。13日はくしくも沖縄国際大にCH53D大型ヘリコプターが墜落した事故から17年の節目の日。当時から危険性除去は進まず、外来機の飛来や夜間飛行が常態化する中で起きた部品落下事故に、周辺住民には憤りも広がった。
松川正則宜野湾市長は「夏場に入り、夕方から夜にかけての訓練が多くなっていた。(住民は)苦しくて厳しい、非常に困っていると申し入れたばかりだった。市への報告も遅い」と述べ、強い態度で日米に抗議する方針を示した。
怒りあらわ
「とんでもない話だ。しかも、なぜよりによってこの日なのか」。事故の一報を受けた政府高官は怒りをあらわにした。
特に日本政府が問題視するのは通報の遅さだ。6月に米陸軍貯油施設から有機フッ素化合物のPFOS(ピーフォス)などを含む水が流出した事故、7月に米軍ヘリが渡名喜島沖で鉄製コンテナを落下させた際にも通報の遅れが問題になった。この高官は「遅い。気付かなかった、では言い訳にならない」と強い不快感を示した。
ただ、裏を返せば度重なる米側の通報遅れは、日本側の是正や申し入れが機能していないとの指摘もできる。週末の金曜日で、役所の就業時間が過ぎた後に県や自治体に情報が入り、米側が故意に連絡を遅らせているといぶかしがる見方も上がる。
機数減も負担増
沖国大のヘリ墜落事故から17年がたち、専門家からは普天間飛行場の軍事的な意義を疑問視する見方がある。実際、普天間飛行場所属機は04年の71機から、14年の58機と減少している。主な要因は14年のKC130空中給油機15機の岩国基地(山口県)への移駐で、米軍は負担軽減の象徴に位置付ける。
ただ、その代わりに近年増えているのが外来機の飛来や騒音防止協定を逸脱した夜間の飛行だ。沖国大の事故当時の04年は、イラクなどへの出撃拠点となっていたが、年間の事故は2件にとどまっていた。しかし、17~19年にかけて年10件前後で推移し、危険性はむしろ増大している。
宜野湾市のまとめでは、所属機の事故は12月に名護市安部でMV22オスプレイが墜落した16年は年3件、東村高江でCH53Eヘリが不時着・炎上した17年は年10件、18年は9件、19年は8件と推移。21年も6月にうるま市津堅島でヘリが不時着したほか、7月には渡名喜島沖でヘリがつり下げ輸送中の鉄製コンテナを落下させた。攻撃ヘリが宮崎県内の民間地に緊急着陸し、波紋を広げた。
さらに、岩国基地所属のF35Bステルス戦闘機などの外来機が周辺の騒音被害を激化させている。リムピース編集長の頼和太郎氏は「沖縄周辺には訓練空域・水域が設定されている。普天間飛行場の所属機が減っても、訓練拠点として外来機が増えれば住民の負担は減らない」と強調した。 (知念征尚、塚崎昇平)