<書評>『風の声・土地の記憶』 旅の風景に潜む他者の歴史


社会
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『風の声・土地の記憶』大城貞俊著 インパクト出版会・2200円

 風に誘われるように著者は旅に出る。その土地の記憶に触れるために。

 沖縄戦当時の体験者たちの声―時には死者の声も混じる―をオムニバスの物語にしながら、著者自身の海外旅行記が間にはさまれる形で作品は構成されている。

 シルクロード、ドイツ、トルコ、パラオ、チェンマイ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アイルランド、そして済州島。実に多くの国や地域を巡っているが、著者はもちろん旅の風景をただ楽しんでいるわけではない。そこに見えない時間の蓄積―つまり歴史―を感じ取ろうとしているのではないか。

 一見華やかな街の風景にも、破壊された建造物、弾痕のある壁などが目に入る。背景にあるのは宗教や民族間の紛争だ。あらゆる土地には、戦争と平和の記憶がある。いま私たちが目にしている風景は、その社会や文化に属する先人たちの営みの積み重ねによって成り立っているのだと考えると、また違ったものに見えてくる。

 沖縄戦当時の若者たちは、選択の余地がない中、戦場に駆り出され、国のために尽くすことが自分たちの使命だとさえ思い込み、戦火に巻き込まれていく。そんな彼らの独白を聞き、旅の風景から引き起こされる著者の思索をたどりながら、あらためて、沖縄戦の記憶は現在の「沖縄」にどのように根付いているのかと考えさせられる。

 「世界では様々な風が吹いている。世界は共通の歴史を背負っている。死者たちや生者たちの声が記憶に住み着くままに、揺れるままに、旅をする」

 この言葉は、沖縄や日本だけではなく、視野をさらに広げて世界を普遍的にとらえること、何気ない風景の中に潜む他者の歴史に目を向けることをうながしているように思える。

 作中、最後に訪れる渡嘉敷島は「集団自決」のあった場所だ。併収の「マブイワカシ綺譚」はユタを主人公にしているが、その仕事もまた死者の声を聞くことであり、歴史に翻弄(ほんろう)された者たちの立場に寄り添う著者の倫理的な姿勢は一貫している。

 (崎浜慎・作家)


 おおしろ・さだとし 1949年大宜味村生まれ、詩人、作家。山之口貘賞、沖縄市戯曲大賞など受賞。著書に小説「椎の川」、評論集「多様性と再生力―沖縄戦後小説の現在と可能性」など。