<書評>『となりのウミガメ』 未知の生態に迫る


社会
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『となりのウミガメ』うみまーる著 うみまーる企画・1870円

 この写真集にはさらっと、しかも大量に生物学的に重要で興味深い情報が詰め込まれている。座間味島に暮らし、日々ウミガメや自然を見つめ続けてきたうみまーるさんだからこそ発見し、拾い上げ、まとめられたことばかりで、あっという間に付箋だらけになってしまった。もちろん、目に感情をたたえたウミガメや美しい座間味島の海の写真に引き込まれ、癒やされたのは言うまでもない。しかし、ウミガメの研究者をしている私としては、学術面での貴重さについて読者の皆様にお伝えさせていただきたい。

 それぞれの写真は解説があり、ウミガメや自然に対する深い愛情にあふれていながら、客観的な情報も十分だ。例えば、口を開けたタイマイとさまざまな魚たちが一緒に写っている写真。タイマイが餌をあさると飛び出してくる小さなエビやカニを狙って魚が集まることが情景豊かに解説されており、食う食われるの生態系の中で、他の生きものに利用されることでもタイマイが日々影響を与えていることが証明されている。一つの種が絶滅すると生態系に思わぬ影響が出てくるのはこうした認識され難い関係性が複雑に絡み合っているからだろう。同じようにウミガメと他種との思わぬ関係性は対コバンザメ、アオヤガラ、クリーナーフィッシュ、流れ藻と多々登場する。

 ウミガメに個性や社会性はあるのか、というテーマは研究者の間でも近年上がり始めた。うみまーるさんはウミガメを個体識別しているので、食べ物や行動に個性があることが「客観的に」明らかだし、ウミガメ同士の関係性、対人間に対する学習と反応の変化についても示唆に富んでいる。中でも、大きなアオウミガメが小さな個体に食事場所をゆずるというのは衝撃的だった。力も強い大きなカメが、不利益しかなさそうな行動を進んで行うことに、面白い謎が秘められている気がする。

 他にもウミガメマニアが狂喜乱舞する初記録写真、未知だった生態の解明につながる写真など、ほとんどが紹介できないのが残念だ。1度目は写真と文章を楽しみ、2度目にはこのカメはなぜ?という視点でもこの写真集を眺めてほしい。

 (石原孝・NPO法人日本ウミガメ協議会理事)


 うみまーる テレビの番組ディレクターから自然写真家に転身したAsutaka(高松飛鳥)とダイビングガイドで水中写真を手がけるKINDON(井上慎也)で結成。「ちゅら海からの風」など刊行。