<書評>『宗棍』 武術家の強さ、本質に迫る


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『宗棍』今野敏著 集英社・2090円

 タイムスリップした宗棍は、私に真の強さとは何だ? と問うていると痛感した一冊である。

 松村宗棍は強靭な心身、知的で繊細、人格者であり全てに優れた存在であった。それ故に自身の強さを強調せず文武両道を極めていく。島国である琉球王朝の3代にわたる国王の指南役として琉球王朝の繁栄のために尽力してきた。

 さて、著者はこれまで沖縄空手の作品、『義珍の拳』『武士猿ブサーザールー』などを発刊。『宗棍』が5作目となる。著者自身も「空手道今野塾」を主宰する空手家である。それ故表現できる、数々の勝負の場面などが見せ場となる。

 また、400年余りの歴史がある琉球王朝の末期から明治初期の激動の時代を生き抜いた、宗棍の周辺の個性豊かな登場人物は、実在と架空の人物、そして、口伝やフィクションも織り交ぜ内容を盛り上げている。今回の作品は、琉球王朝の頃の空手に関する資料がほとんどないといわれる中、宗棍というビッグネームを主人公にして書き上げている。大変な苦労があったことは容易に推察できる。

 さて、この作品は2020年1月から10月まで、琉球新報に連載され、私も朝目覚めは、「宗棍」から。213回にわたり楽しませていただいた。冒頭から、友達絡みでのもめ事、そこに生涯の師である佐久川寛賀と出会い、宗棍一番の理解者、空手家でもある妻チルー。そして、琉球王府の試験「科」に合格して、第17代国王尚灝のユニークな発想で行われた数々の御前試合、伝説の一つ、闘牛との対決などを記している。また、宗棍初めての弟子牧志親雲上の死も激動の時代を物語る。さらに、安里安恒、糸洲安恒ら空手の大衆化に貢献した弟子たちも登場する。

 先頃東京2020オリンピックが開催され、正式種目として空手競技が実施された。喜友名諒選手が金メダル獲得の偉業を達成し、沖縄県民のみならず多くの人が感動と興奮を覚えたと思う。

 私自身空手家の家系に生まれ育ったが、武術家の生や本質とは何か、深く考えさせられた。この空手の源流を生んだ宗棍について思いを巡らせてはいかがだろうか。

 (中村靖・沖縄空手会館館長)


 こんの・びん 1955年北海道生まれ、小説家。2006年「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞、08年「果断 隠蔽捜査2」で日本推理作家協会賞など受賞。空手作品に「チャンミーグヮー」「武士マチムラ」など。