<書評>『歌集 白亜紀の風』 日常の瞬間、鮮やかに


社会
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『歌集 白亜紀の風』佐藤モニカ著 短歌研究社・2860円

 日常のふとした瞬間から詩を切りとる手並みが、素晴らしく鮮やかだ。

 海風のよき日は空もひるがへりあをき樹木に結ぶその端
 うらおもてあるやうな朝ゆつくりとかへせばこちらが夢かもしれず

 天空の端が枝に結ばれているという見たての何と美しいことだろう。夢と現実を布の両面のようにとらえた二首目は、「朝」という言葉がシーツや布団のイメージと重なり、説得力を持つ。確かな手ざわりを伴う歌の数々から、作者が日々の暮らしを丁寧に生きていることが伝わってくる。

 作者は第一歌集『夏の領域』の終わりで、1児の母となった喜びを詠んだ。2冊目の本書では、幸福感に満ちた子育ての時間がたっぷりと詠まれている。

 子を持てる母はをりふし味はへり乳白色のよろしき時間
 ふつさりとオオゴマダラの翔ぶさまを子は真似てをり両腕ひろげ
 ほろほろと焼菓子こぼすをさなごよ小人の国は雪の降る頃

 「乳白色」の温かみ、「ふつさりと」のやわらかさ、いずれもわが子への情愛と重なり合う。上質のファンタジーを思わせる三首目は、子どもの愛らしさのみならず、沖縄へ移り住んだ作者の「雪降る頃」への憧憬(しょうけい)も含むのだろうか。
 第一歌集では沖縄の自然や文化との出合いに心動かされる新鮮な歌が多かったが、本書では作者の内面世界がより深まりを見せている。日常から遠く離れた時空へたやすく飛翔する想像力は、この歌人の優れた資質である。

 水底に異なる世界あることを隠さむとして川は流るる
 黒糖を溶かしつつ思ふすんなりと消えざるものがこの島にある

 沖縄に対する慈しみを詠んだ歌も多い。川底に潜む異世界を思い描くように、黒糖の甘みから島の歴史をまざまざと感じる作者である。

 空へ扉(と)はすべて開かれ駆け抜ける風ありこれは白亜紀の風

 涼やかな知性が心地よい風のように胸を揺らしてゆく。

 (松村由利子・歌人)


 さとう・もにか 1974年千葉県生まれ。日本歌人クラブ、日本現代詩人会会員。詩集「サントス港」で山之口貘賞、歌集「夏の領域」で現代歌人協会賞など詩歌で受賞多数。