里子らと囲む食卓「幸せもらった」 制度への理解広がって<家族になる 里子・里親の今>8


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家庭に迎え入れた3人の成長を見守ってきた松田さん夫妻。「子どもたちからたくさんの幸せとエネルギーをもらっている」と語る=本島南部

 本島南部の松田信次さん(67)、恵さん(67)夫妻は関西に住んでいた頃、さまざまな事情で親と暮らすことができない子どもを紹介し、育てる家庭を募集する新聞記事を目にした。「何か手伝いができないか」。子どもを預かることを夫婦で相談し始め、沖縄へ移住後の2006年に里親登録した。現在高校2年生になった亮さん(17)と夢奈さん(17)、中学1年生の祥太さん(13)と共に5人で暮らしている。

 夫婦の初めての子どもとして、当時4歳で迎えられた亮さんは、2人の元へ来た日のことを今でもよく覚えている。うそをついたことで恵さんに叱られた記憶は、温かな思い出として残る。「施設にいた時は誰かに怒られた記憶はなかった。血はつながっていないけど、面と向かって叱ってくれた。自分のことをとっても考えてくれているんだと心に響いた」。周囲に対する警戒心は、徐々に解けていった。

 その後、当時2歳の祥太さん、小学1年生だった7歳の夢奈さんを次々と迎えた。周囲に知り合いがいない同学年の夢奈さんが孤立しないよう、亮さんは友人へ紹介して回った。夢奈さんは「亮が友人の家に連れて行ってくれてみんなと仲良くなり、友達の輪も広がった」と思い返す。

 小学生時代、恵さんの誕生日には亮さんがまとめ役となり、3人で協力してプログラムを作成。ダンスや作文を発表する誕生会を開くようになった。折り紙で作った輪っかの飾りが、5人が集う食卓の天井を彩った。

 高校2年生になった亮さんは大学進学を志望し、夢奈さんは短大に進学して保育士になることを夢見る。中学1年生の祥太さんは「学校はとっても楽しい。部活も頑張ってる」と充実した日々だ。

 手探りの状態で始まった子育て。松田さん夫妻は進学や就職、1人暮らしなど、自立に向けて基盤づくりをする子どもたちを、今後も支えていくつもりだ。

 子どもたちの成長に、恵さんは涙を浮かべる。「自分で産んだ子どもではないけれど、共に生き、家族になれることを教わった。好きな職業を見つけて、自分の望む将来を描いてほしい」。事故によるけがは徐々に回復し、信次さんは現在も仕事を続けている。「疲れて帰ってきても、子どもたちの顔を見るとエネルギーが湧いてくる。彼らのこれからを一緒に考えていくことが楽しい」。

 50代での里親登録から約15年。もっと早い時期の登録なら子どもと長く接することができたのでは、と思うこともあった。県内で実親から離れて生活する子どもは約500人。子どもたちが家庭生活を経験できるよう、里親制度を知る機会が身近に増えてほしいと願っている。

 「縁をいただいて、一緒になれた。子どもたちからもらった元気や幸せは何にも代えられない。ありがたいことです」。2人はそう話し、穏やかに笑った。

 (文中仮名)
 (吉田早希)