<書評>『平和的生存権の展開』 平和訴訟の実践を集大成


社会
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『平和的生存権の展開』小林武著 日本評論社・6160円

 沖縄大学の小林武客員教授がこのたび平和訴訟の理論と実践を集大成した本を著された。「平和的生存権」の意義を世に問うたのである。すべての人に保障された権利である「平和的生存権」が日本国憲法の前文で高らかに明記され、戦争放棄の第9条と一体となって平和憲法の骨格を形づくっていることを見事に指摘された。憲法学では、この平和的生存権の裁判規範性を法的に論証するための努力が重ねられてきたが、今回の書籍も、その一つである。

 著者は、先に『平和的生存権の弁証』を公刊している。2008年に名古屋高裁がこれを具体的な権利と認めた上で、イラクへの自衛隊派兵を違憲とする画期的な判決を出した。本書は、それ以降今日に至るまで、この権利がどのような試練の中に置かれ、また豊饒(ほうじょう)化しているかを論じようとして、書名を『展開』としたものであり、両書は姉妹関係にある。

 本書では、何より、15年に集団的自衛権を基軸として制定された安保法制に対して全国で提起された違憲訴訟を取り上げている。小林教授も憲法研究者として訴訟に加わっているが、主に平和的生存権を論じて、複数の裁判所に意見書を提出しており、それが本書にも収められている。25件に及ぶこの違憲訴訟は、現在、沖縄を含む下級審で判決が出されている。司法の姿勢はきわめて硬直的で、全ての判決が政権を忖度(そんたく)する画一的な論理で、平和的生存権は具体的権利ではなく、裁判規範となりえないと断じ、安保法制が違憲であるか否かの判断に入ることなく市民の訴えをことごとくしりぞけている。

 本書は、沖縄についても論及している。日米安保条約・地位協定が日本国憲法を組み伏せている体制は今日でも変わっておらず、沖縄では米軍の存在によって人々は平穏に生きることを最も過酷な形で日常的に踏みにじられている。私は本書を読みながら、今年亡くなったノーベル物理学賞の益川敏英教授の「戦争が始まってからでは遅い。そのために憲法9条を守らなければならない」との言葉を深くかみしめている。

(寺井一弘・弁護士・安保法制違憲訴訟全国ネットワーク代表)


 こばやし・たけし 1941年京都市生まれ、沖縄大学客員教授・弁護士。主な著書に「地方自治の憲法学」「沖縄憲法史考」「沖縄が問う平和的生存権」など。