<書評>『島を出る ―ハンセン病回復者・宮良正吉の旅路―』 ふるさとを奪われた人々


社会
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『島を出る ―ハンセン病回復者・宮良正吉の旅路―』上江洲儀正著 水曜社・2420円

 「島を出る。それは新しいふるさとに出会う旅でもある」。著者の上江洲儀正さんは「あとがき」の最終行でこのように書いている。

 島を出るといっても好んで出るわけではない。ハンセン病を患ったがゆえに肉親との別れを余儀なくされ、追われるがごとく島を出るのだ。そこには病に対する社会の無知や偏見、国家が後ほど謝罪することになる強権的な隔離政策があったのだ。

 本書はハンセン病者や家族に対する人々の無知や誤った隔離政策によりふるさとを奪われた人々の軌跡を描いたものである。特に10歳のころに石垣島を離れざるを得なかった一人のハンセン病回復者宮良正吉の人生にスポットを当てている。宮良正吉は自らの運命に負けずに自立の道を切り開き果敢に前を向いて生きてきた。新しいふるさとをつくり、新しいふるさとに出会う旅は、私たちへ苦難の中でいかに生きるかを示してくれている。それゆえに冒頭に示した著者の感慨には万感の思いが込められているはずだ。

 著者は石垣島で日本最南端の出版社「南山舎」を創業し、地域誌「月刊やいま」を刊行しているという。宮良正吉の旅路も「月刊やいま」で連載されて共感をよんだことが出版の決意につながったようだ。

 本書の特色の一つに、著者の数年にわたる地道な取材が挙げられる。ハンセン病に関する法令書や証言集、また家族訴訟の裁判記録などを読破し、自ら出向きインタビューを行う。それゆえに聞き取った回復者の言葉や著者の感慨は説得力があり胸に突き刺さる。著者に培われた情熱と、他者の痛みをわが身に置き換える公平で正確な目が本書を生みだしたのだろう。

 本書からは多くのことを学ぶことができる。差別や偏見にさらされた人々へ寄り添う著者の視点は、普遍的な悲しみと隠蔽(いんぺい)された歴史を浮かび上がらせている。それゆえに個人史を凌駕(りょうが)する書となり、歴史の証言書ともなっている。歳月をかけた労作だ。貴重な提言を帯びた本書の刊行に敬意を表したい。

 (大城貞俊・作家)


 うえず・よしまさ 1952年石垣島生まれ。東京の「大宅壮一文庫」を退社後1986年、石垣市で日本最南端の出版社・南山舎を創業。「竹富方言辞典」で菊池寛賞。「月刊やいま」を発行。