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【全文】沖縄が取り組むべき持続可能な街作りとは?『人新世の「資本論」』斎藤幸平さんインタビュー(下)


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オンラインで取材に応じた斎藤幸平さん

 マルクスの新解釈で気候変動問題の解決策を探った『人新世の「資本論」』で注目を集める斎藤幸平さんに、沖縄の諸問題について聞いた。来年で日本復帰50年を迎える沖縄の新たな振興策の在り方や「子どもの貧困」など県内で広がる格差の問題、過重な基地負-。問題の根底に潜む、資本主義が生み出す「格差」の存在が見え隠れするという。インタビュー後半は以下の通り。(聞き手 安里洋輔、斎藤学)

>>インタビュー前半「沖縄は東京にずっと利用されてきた」 から続く

 ー沖縄は来年で復帰から50年経つが、格差は是正されなかった。こうした流れから脱するには。
 「国からばらまかれるお金に依存して経済発展し、生活を豊かにしていくという発想から脱却する必要がある。外部の人間が偉そうにいうことでもないが、沖縄のこれまでの経済発展は、例えば道路をつくり、人々に車を買わせ、移動を促し、行き先々で消費をさせるーというサイクルによってなされた。一方で、こうした『帝国的生活様式』に組み込まれることの代償として環境破壊が進んだ。気候変動の問題は沖縄も無縁ではない。台風は今後、さらに大型化し、温暖化で気温が2度上がれば、サンゴの99%が死滅するとされている。その影響は限定的ではない。魚の生息が危うくなり、漁業資源は大幅に減少する。観光業にも大きなダメージがあるだろう。限界を迎えた『帝国的生活様式』を抜本的に見直し、経済成長を無限に求める志向を止めることだ」

 ー半世紀続いた沖縄振興策の在り方は。
 「国からの補助金に依存し、いわゆる『箱物』の公共施設や道路や港湾を整備していくというような、これまで通りの沖縄振興策では到底、気候変動を止めることはできない。同時に、東京などの国内の都市や海外から観光客を誘致し、その収益で成長していくモデルもやはり持続可能ではない。その地域に住む人たちがイニシアチブを持って街作りをやっていく必要がある。それは、不要不急な箱物を作ることではないし、むやみやたらにホテルを建てることでもない。さらに言えば大きな軍事基地がたくさんあることでもない。そもそも軍事産業というのは、そうした気候変動を加速させるもので、その象徴的である軍事基地からも脱却していく必要がある」

 ーモデルになりそうな具体策は。
 「沖縄は、スペインの都市、バルセロナのケースとリンクする。スペインは、ドイツやイギリス、フランスなど他の欧州諸国に比べると経済資源に乏しい。その中で、同国第2の都市、バルセロナは観光ビジネスを推進することに活路を見出した」

 ー沖縄も観光業に過度に依存する経済構造だ。
 「バルセロナでは観光業を促進した代償として、観光客が過剰に入域するオーバーツーリズムの問題に直面した。市外からの人口流入によって増大するゴミの問題や、深刻化した交通渋滞が市民生活を脅かした。民泊やホテルが乱立したことで地価が急上昇し、住宅賃料が高騰した。観光産業の隆盛によって地域住民の生活はむしろ劣化していった。こうした問題に対して地元の住民が立ち上がった。グローバル企業が主導する『街作り』を拒否した。経済効率を最優先にする都市計画から脱却し、大気汚染を減らし、子供たちが安心して屋外で遊んだり、地域住民が交流できたりするような、そういう「街作り」をしようということになった」

 ーきっかけは。
 「2015年の市長選で、41歳の若さでアダ・クラウ氏が当選した。半貧困運動に従事する社会活動家だった彼女は、『フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)』を掲げ、国家が押しつける新自由主義的な政策に反旗を翻した。大手電力会社との契約を打ち切り、非営利の公営電力供給会社を立ち上げるなど次々と改革を進めた。2020年には『気候非常事態宣言』を独自に発表し、2050年までの脱炭素化に向けた240以上の具体的な項目からなる行動計画を策定した。6年経った今も市民たちがイニシアチブをとる政権が改革を進めている。EUやグローバル企業といった巨大資本から権利を取り戻して進めていくというモデルを示した。バルセロナの状況は、観光が主要産業になっている沖縄とも重なる」

 ー沖縄の振興計画の根拠法となっている「沖縄振興特別措置法」には、「沖縄の自立的発展に資する」とある。日本復帰から半世紀を経て真の自立を獲得するには。
 「著書の中でも指摘している『コモン(共有財)』という概念にヒントがある。近年進んでいるマルクス再解釈の鍵となる概念のひとつで、社会的に人々に共有され、管理されるべき富を指す。その実践例が、バルセロナといえる。格差の問題がより深刻な沖縄でもそうした試みが必要になってくる。また、そうした試みが出てきたときには本土にいる人たちがしっかりと連帯していかなくてはいけない」

うっそうと広がる亜熱帯樹林の中を流れるやんばるの清流=2019年、国頭村

 ー本土側に必要な連帯、沖縄が取り組むべき持続可能な「街作り」とは。
 「繰り返し述べてきた『帝国的生活様式』を改めて、持続可能な道を模索していくことだ。たとえば沖縄にグローバルなホテルグループが進出し、リゾート開発をする。自然の砂浜をプライベートビーチにしたり。『帝国的生活様式』を享受する富裕層のための開発の類型だ。沖縄への旅行そのものを否定している訳ではない。県内各地の沖縄戦跡を巡り戦争について考え、沖縄の自然に触れることに意味はある。ただ、大資本によってつくられたリゾートを無批判に受け入れる姿勢を再考するべきだ」

 「沖縄の人たちも目先の経済開発ばかりにとらわれない視点を持つことだ。バルセロナでは『自分たちのために何が必要か』ということで若いリーダーが選ばれた。電力供給会社を公営化し、再生可能エネルギーに切り替えるなどして「地産地消型経済」を創出し、地域の雇用を生み出した。沖縄でも、自然や文化を守るために規制をかけるなど持続可能な観光のスタイルを模索していくべきだ。そして、地域住民が経済的な安定を得るための道を議論していかなければいけない。地域の住民のための街作りを打ち出していくビジョンが政治家からも市民からも出てくる必要がある」

 ー具体的な取り組みは。
 「たとえば欧州では『気候市民会議』というのをやっている。ランダムにくじ引きで選んだ市民を100人ぐらい集めて気候変動対策について議論する。メンバーには高所得層もいれば低所得層もいる。このように学歴や性別もばらばらの様々な社会階層の意見を反映するような市民参加型の会議を実施してもいい」

 ー沖縄では、「持続可能な街作り」を目指す上でも米軍基地の存在は避けて通れない課題だ。
 「これまでは憲法9条の部分で語られることが多かったが、その是非について気候変動の視点で今一度考えてみる必要がある。まず、軍事産業というのは、石油を非常に多く使う。軍事強化は、資源をめぐる国家間の争いや国際紛争の危険がより高まるだけでなく、気候変動のリスクも加速させる。気候変動による海面上昇や台風の大型化。沖縄は、継続的で深刻な問題に見舞われるおそれがあり、しかもそれは大規模な被害になるだろう」

埋め立て工事が進む名護市辺野古沿岸部=2021年8月

 ー沖縄では米軍普天間飛行場の移設に伴う辺野古新基地建設について県民投票が行われ、反対が7割に達した。
 「この問題については、すでに民意が示されている。それでも辺野古での工事は止まらず、自然環境の破壊が進んでいる。ごく一部の既得権者が沖縄の民意を頑なに拒否している。まさに「グローバルノース」と「グローバルサウス」の構図だ。こうした現状が続く限りは、真に持続可能なSDGsは達成できない。そういう構造を抜本的に見直すために、もっと国民全体が声を上げなければいけない」

 ー中国の軍事的脅威を理由に新基地建設を正当化する声もある。
 「だからといって沖縄に基地負担を一方的に押しつけるのはおかしい。『安全保障上、米軍基地が必要』というのであれば、沖縄に集中する70%以上の在日米軍専用施設の半分、少なくとも35%ぐらいは他の地域に持っていくというのは理論的には可能だ。脅威論を唱えることで、基地負担を押しつける状態を維持しようとしていると言われても仕方がない。県外移設が難しいのであれば、中国との向き合い方を変えるしかない。過剰な負担の是正を議論しないということは間違いだ」

 ー政治に対して民意を示す手段の一つが選挙だ。
 「投票行動だけでは変わらない。政権交代しても、既存の社会システムが持続される限りは、同じことが繰り返されるだけだ。市民が政治に常にプレッシャーをかける。プレッシャーを掛ける中から自分たちのリーダーを出していかないと変革は望めない」

 ーどうやって社会を変革するのか。
 「公害の歴史に学ぶところがある。被害の当事者である患者やその家族が立ち上がり、国に訴えを起こした。弁護士や学者が加わり、市民が一体となって企業、行政に立ち向かった。企業の責任を追及していった。完全な解決はないが、一定の権利獲得を達成した。1970年代にはそういう流れがあったが、高度成長が終わった90年代以降、そうした流れは衰退していった。ただ、沖縄には他地域にはない苛烈な収奪の構造があり、コミュニティーの力を示す新しい社会運動が出てくる余地がある。気候変動という共通の大きな危機に直面する本土の私たちと沖縄が連帯できれば、変革への道は開けてくる」