<書評>『歌うキノコ』 見えないものを見る「眼鏡」


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『歌うキノコ』盛口満著 八坂書房・2090円

 筆者は多様な「眼鏡」を持っている。盛口氏がもつ生き物を探す「眼鏡」の対象は、動物や植物、菌類のみならず、生物と人々の暮らしをテーマにした民俗学まで多岐にわたる。

 本書は、一般的には地味な存在の生物を通して、生物のつながりや共生について紹介されている。生物は共生することで生存競争に勝ち残り、進化を遂げてきたものが知られているが、近年これまでの概念を覆す研究成果が発表されている。自然科学分野の学術論文でしか読み解けない内容や、さまざまなジャンルの専門家の知見が話し言葉を交えながら展開し、その場に立ち会っているかのように読み進めることができる。

 本書では昆虫に寄生する冬虫夏草、変形菌と菌類との関係、菌類と藻類の共生体である地衣類などの最新情報も記されている。姿が見えない菌類はさまざまな生物の中に入り込み、多様な変身を遂げる。生物の共生関係は複雑な複合体であり、生物自体が生態系を築いていることもある。寄生することで養分を一方的に吸収するマイナスの方向に関わっていたとされていた菌類の中には、プラスに働く共生者となる例もあるなど、改めて興味をそそられる。また、南九州と沖縄県から見つかった世界で3例目となったゴキブリから発生する冬虫夏草についても、新種記載論文にも使われた精緻なイラストとともに紹介されている。

 「歌うキノコ」とは、セミの鳴き声をキノコの鳴き声に例えたものである。セミは体内の冬虫夏草由来とされる菌類やバクテリアと共生することで生きている。菌類の本体は菌糸であり、ミクロ世界の生物である。普段は見えない菌類を、共生・寄生などのつながりがある目に見える生物を通して、その存在を意識できることを筆者は説いている。読者は生物同士の関わりを見直し、新しい「眼鏡」をかけて野外に出かけたいと思う一冊になるに違いない。一般的に理解が難しい学術的な研究成果も筆者の体験やイラストを使って平易に解説され、今後の進展が楽しみになるはずだ。

 (宮崎県総合博物館・黒木秀一)


 もりぐち・みつる 1962年千葉県生まれ、沖縄大学学長。著書に「僕らが死体を拾うわけ」「ゲッチョ先生と行く沖縄自然探検」「天空のアリ植物」など多数。