<書評>『陳侃 使琉球録 改訳新版』 読みやすく注釈も充実


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『陳侃 使琉球録 改訳新版』原田禹雄訳注 榕樹書林・13200円

 早いもので、榕樹書林刊『琉球冊封使録集成』全十一巻が完結してから10年が経過した。このシリーズは、原田禹雄という在野の学人と、武石和実という沖縄の出版人との希有な共同作業として実現したもので、琉球史はもちろん、近世東アジア、東南アジア史の解明に果たす役割は決して小さくはない。本書は、品切れになったシリーズ第一巻の陳侃『使琉球録』の改訳新版である。

 沖縄の人なら周知のことと思うが、琉球は1404年から1866年に至る約500年間、王の代替わりの都度、中国(明・清)の皇帝から「冊封(さくほう)」(王権を認知する儀礼)を受けていた。「冊封使録」というのは、皇帝の特命を帯びた冊封使たちが書き残した渡航記録であるが、冊封使自身の琉球見聞記や詩篇なども多数収載されており、全体として半ば公的、半ば私的な著作と見るべきであろう。

 陳侃は第11回目の冊封使として明の嘉靖13(1534)年、中山王・尚清の冊封を命じられる。彼は出発に先立って先任者たちの記録を探したが見当たらず、やむなく後任者たちへの参考書として書き残したのが本書であった。

 本書の体例は、琉球使録の白眉といわれる清の徐葆光(じょほうこう)『中山伝信録』にいたるまで踏襲された。徐葆光のものは江戸時代に日本で刊行され(いわゆる和刻)、江戸人の琉球観に大きな影響を与えたが、もちろん『琉球冊封使録集成』中に収められている。

 このたびの新版は、旧版に比べてほぼ25ページも増量されている。図版が増えて読みやすくなっただけでなく、注の充実ぶりには目を見張らされる。特に儀礼、官制、事物に対する詳細な注釈は今後の琉球学の進展に大きく寄与するにちがいない。

 一般の読者にとっても、スリリングな航海の苦難をはじめとして、正確で流麗な本文の訳だけでも十分堪能しうるはずである。

 (三浦國雄・大阪市立大名誉教授)


 はらだ・のぶお 1927年京都市生まれ、医学博士、現代歌人協会会員。主な著書に「天刑病考」「琉球と中国―忘れられた冊封使」「尖閣諸島―冊封琉球使録を読む」。