<書評>『Aサインバー』 かけがえのない体験


社会
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『Aサインバー』長嶺幸子著 詩遊社・2000円

 重くて貴重な詩集を読む。長嶺幸子は、初めての詩集に25篇の作品を収録した。全体に、貧しかった幼い頃から現在までのかけがえのない体験と、ふるさとの原風景が詩われている。

 ネオンサインの向こうの
 夜空に銀河が太く流れていた
 昼は畑仕事、夜は商い、母はその暮らしを十五年続けた
  (Payday(ペイデイ))

 「水浴び」「Aサインバー」「Payday」「若水(わかみじ)」「砂糖黍の花」「落ち鷹(ウティダカ)」等の作品が、強く印象に残ってよかった。

 長嶺の家庭は、12歳のとき父が35歳で亡くなり、母は1人で女5人男1人の子供たちを育てる貧しく厳しい生活をくぐり抜けてきた。糸満市の村で、昼間は畑でサトウキビを中心に作り、夜は那覇市の「波の上」にあった「Aサインバー」街で、米兵たちに「革のジャケット」や「スカーフ」、「チューインガム」等を売って家計を支えた。

 それでも、苦しく暗い毎日だけではなかった。「豊かな湧水のムラガー共同井戸」を中心にした、心優しくたくましい村人たちとの生活があった。長嶺は、この村人たちから「カマルーあんまぁ」や「平吉おじい」、「松ヌ屋(マーチヌヤ)おばあ」、「参仁相(さんじんそう)」、「義母」等との思い出を記録してきた。いずれの村人も、戦争等で傷を負った社会の底辺の人々であった。母は、どんなに苦しくても「―ヤッタァガ ウクトゥドゥ/頑張ラリンドー/幸(しあわ)シドォ(お前たちがいるから頑張れるよ、幸せだよ)」(「砂糖黍の花」)と言って明るくたくましく生きた。

 これらの人生体験が、詩に昇華・表現された。とりわけ、「水浴び」は「私を宿した夜、母は/シマの娘たちと水浴びをしました」と原初的なエロスと生命の讃歌を詩った傑作だ。「落ち鷹」の鷹の擬人表現もいい。

 この詩集は第43回の山之口貘賞を受賞し、高く評価されている。欲を言えば、今後はもっと詩語や比喩表現と思想を鍛えて、記録性から詩性へ高め、豊富化してもらいたい。

 (高良勉・詩人・批評家・沖縄大客員教授)


 ながみね・さちこ 1950年糸満市生まれ。2021年「Aサインバー」で山之口貘賞受賞。「詩遊」同人、「南涛文学」同人。