年金は月数万円…食料配布に100人以上の列「高齢者の貧困」の現状<SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会をよくしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだに解決されていない。SDGsの理念にある「誰一人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。今月は、「子どもの貧困問題」が注目されるようになった一方、影が薄くなったように見える「高齢者の貧困」について考える。

 那覇市の牧志公園は火曜と金曜の朝、多くの人たちでにぎわう。刺すような夏の日差しでも冬の冷たい風の中でも、人波は途切れない。

 食料を配布するのは「ゆいまーるの会」(嘉手苅直美代表)。利用者は2020年6月の開始時から増え続け、1回に100人を超えるようになった。並ぶ人が公園からあふれ出すため、現在は男女で曜日を分け、1週間に合計150人ほどが利用する。

 公園を見回すとほとんどはお年寄りだ。つえや手押し車を使う人もいる。コロナ禍で仕事を失った人への支援をきっかけに始めた食料配布だが、あぶり出されたのはコロナ前から続く沖縄の高齢者の生活の厳しさと、支援の少なさだ。

 お米やレトルト食品、缶詰、バナナにマスク。寄付や助成金を活用した食品や日用品がブルーシートの上にずらりと並べられ、希望者は整理券の順に好みのものを選んでいく。常連の人も多く、順番を待つ間はあちこちでおしゃべりの輪ができ、交流の場となる。
 

■施設費用が負担に

「ゆいまーるの会」の食料配布で食品を受け取るお年寄り=2021年12月、那覇市牧志の牧志公園

 本島北部出身の女性(83)はいつも周囲に「あい、○○さん」とにこやかに声を掛ける社交家だ。交流を楽しみにほぼ毎週訪れる。長く自営業で働き、自身の国民年金は5万円ほど、会社員だった夫の分を合わせると月20万円を超え、夫婦で暮らすには余裕があった。夫は20年ほど前に脳出血を起こして障がいが残ったが、子どもの結婚費用や孫のために貯金をしたくて、費用がかさむ施設は選ばず自宅で介護を続けた。

 夫は3年ほど前に歩けなくなり、家の中でも車いすが必要になった。移動の手伝いから下の世話と体の負担は大きく、足腰がひどく痛むようになった。子どもたちは「おっかあまで倒れたら大変」と心配し、夫は順番待ちをして1年ほど前、比較的安価な施設に移ることができた。

 入所費は月10万円ほど。2人分の年金約20万円から入所費や医療費、3万5千円の家賃を払うといくらも残らない。
 

■娘の年金受給までは…

 2年ほど前までは集金などのアルバイトでしのいだが、足腰もつらく、夫と暮らしたアパートを引き払って50代の娘と同居を始めた。娘は長く働いて子どもも独立させたが、今は体調を崩して仕事ができない。娘が年金をもらえるようになるまで「もうしばらく頑張ろう」と励まし合っているという。

 「必死に働いてきたけどねえ。今は子どもたちも自分の生活が大変であてにできないし、保険料は上がるし、大変だね」。周囲を和ませる笑顔からは見えない苦労をにじませた。

 80代の男性は週に1回、ここに来るのを楽しみにしている。3人の子どもたちは遠く離れて暮らし「ここに来ないと1週間、誰とも話さない時もある」という。話し掛けると「自分のやってきたことを聞いてほしくなるねえ」と顔をほころばせた。

 10代から働き始め、復帰前の当時まだ少なかったホテルの厨房(ちゅうぼう)で腕を振るった。反対側の壁が見えないほど広い厨房からはたくさんの豪華な料理が運び出された。利用客は外国人や富裕層ばかり。庶民の手には届かないステーキなどを味見することができ、同僚にこっそり分けてあげたこともあった。

 今は月数万円の年金暮らし。配布される食料を「助かるよ」と喜ぶ。「寒くなったから冬用の上着があるといいね」と話し、すり切れた袖口の手を上げて別れを告げた。
 

■居場所

 「私はいい人生なんだろうと思う」と別の女性(80)は話す。那覇の高校を卒業して集団就職で県外の紡績工場に勤め、働きぶりを認められて幹部に昇進した。資産家の夫は早くに亡くなり、遺産を活用してレストランなどを起業し、手腕を発揮した。
 事業を人に任せて数年前に沖縄に帰郷。首都圏の大企業に勤める息子は、毎週のように顔を見に来てくれる。年金は月25万円ほど。周囲には「こんな人はいないと驚かれる」という。「頑張って働いて払ってきたからもらえるんだけど、県外に出たのが良かった」

 長く県外にいた分、近所に友人・知人は少ない。「ここでおしゃべりをするのが楽しい」と、この場を大切にしている。
 

共助、公助乏しく

 ゆいまーるの会は昨年11月、利用者を対象にアンケートを実施した。回答からは、乏しい年金で子どもや親族からの支援もなく、1人で暮らす人が多数いることが分かった。

 回答者106人の9割を60代以上が占め、80代以上が16人(15.1%)に上った。会は対象者を設定していないが、高齢者の口コミで輪が広がっていることに加え、子ども食堂など子どもや親子を対象とした食事支援が増える一方、高齢者に使いやすいメニューが少ないことも背景にある。
 

■年金と介護保険料

 年金があると答えたのは、全体の72.6%。うち「月3万円未満」22.1%、「3~5万円」27.3%で、半数が月に5万円未満しか手にしていない。

 しかも一人暮らしが女性の51.1%、男性は81.4%に上った。この項目の回答者約100人のうち、子どもや親戚から生活費の援助があると答えたのは3人だけ。残る97%は自分の収入だけで生活していた。「食料や日用品の援助がある」としたのは6人で、内容は「少しの食べ物」「野菜の援助」などだった。

 「介護保険料がしんどい」という声が度々聞かれる。介護保険料は年金が月1.5万円以上あれば何歳になっても自動的に天引きされる。

 保険料は市町村や広域連合によって異なり、65歳以上の県別平均は、沖縄は月6826円で大阪府と並んで全国一高い(2021年)。所得などによって段階があり、那覇市では最少でも月2063円が引かれる。

 一方、介護サービスを利用するには1~3割の自己負担が必要だ。負担が重いと話す人はほぼ「自己負担が高いのでサービスも使わない」と続けた。
 

■求職相談

 満足な所得はなく、体は次第に衰えていくのに、使える公的サービスも助け合える家族や親族もいない―。支援団体に聞くと、このような状況は食料配布の利用者に限らず、県内で広く見られることが分かる。

 生活相談全般を受け付ける那覇市の就職・生活支援パーソナルサポートセンターでは、コロナ禍で仕事を失った60~70代の求職相談が増えた。年金がない、あっても少ないため、その年齢でも働き続ける人は多く、女性はホテルの清掃や飲食店、男性はタクシー運転手が目立ったという。

 仕事があったとしても、いつまでも若い時のように働けるわけではない。体が衰えると身の回りの世話も難しくなる。地域で高齢者対応の経験がある照屋裕子さんは「地域によっては民生委員や地域包括支援センターが見守りをし、厳しくなれば生活保護の利用を勧めた」。生活保護なら基本的な生活費が支給され、現物給付で介護も受けられる。ただ社会的・心理的な抵抗感は強く、利用が実現するケースは多くないという。「今のお年寄りは一番苦労した世代。ゆっくり余生を過ごしてほしいが、実際には厳しい」と、同センターの永吉哲三さんは話す。
 

■こもりがち

高齢者世帯に運ぶリサイクルのガスコンロ。家電などを買い換える余裕がない人が多いと話す照屋つぎ子さん=那覇市の生活と健康を守る会

 高齢者を中心に生活相談を受け、付き添い支援も行う県生活と健康を守る会連合会(那覇市)では、階段の上り下りが難しくなった高齢者がアパートの1階に引っ越す手伝いや、乏しい年金や生活保護費では購入が難しい冷蔵庫やクーラーといった家電のリサイクルも手配する。

 階段のあるアパートの部屋にこもりがちになる人、壊れた洗濯機を買い換えられず冬でも水で手洗いをする人もいるという。

 頼れる人がいない中、寝たきりになれば、ごみや排せつ物の片付けもままならなくなる。長く付き合いがあった人が1人自宅で亡くなった後には、臭いが充満した部屋に残された大量の物の処分や清掃で何日も通った。

 「憲法が保障する『最低限の生活』ってどこまでかと思う」と相談員の照屋つぎ子さん。「一生懸命生きてきた人を、1人で逝かしては駄目よ」。最期まで尊厳を持って生きられる社会を求めた。

最低限の生活保障を
 二宮元氏(琉球大教授)

 

 世界的に社会保障の分野では、困窮層に給付する「受動的福祉」に対して、「積極的福祉」として福祉の受給者に就労を促し、社会を支える側に戻そうという改革が進められてきた。職業訓練や幼児教育は「社会的投資」として重視されてきたが、高齢者などこれ以上稼働できない層への支援は抜け落ちてきた。

 ヨーロッパの福祉国家のように、老後の基本的な生活保障がなされていれば問題はないかもしれない。ところが日本の年金制度では基礎年金を満額支給されても生活保護水準に満たない場合が多い。「老後も働き続ける」「子どもが仕送りをする」「厚生年金を足す」などしなければ生活できない。日本の年金制度は、自営業や非正規労働だった人、独居などを含めて、すべての高齢者に最低限の生活を保障する制度設計にはなっていない。さらに生活保護は補足率が低く生活保障の役割を果たせていない。

 イギリスには最低所得保障の仕組みがあり、年金受給額が最低生活費に届かなければ扶助として差額が支給される。申請も簡単で国を挙げて比較的使いやすい制度が作られてきた。

 すべての国民に最低限度の生活を保障する責任を政府がどこまで負うか、根本的な姿勢が日本とイギリスでは異なっており、その実現のための法律や制度の整備をどこまでやってきたかにも違いが表れている。

 所得だけでは最低限の生活は保障できない。医療や介護、保育といったベーシックサービスは、自己負担があると必要性の高い人は生活費が圧迫され、サービスを利用できないと病気の悪化や介護離職で働けなくなるなど悪循環に陥る。

 ヨーロッパではこれらのベーシックサービスを無料か低額で保障すべきという議論も出ている。イギリスでは医療に加えて介護や保育でも無償化を目指す動きがある。日本でも高校教育や幼児教育・保育が一部無償化された。医療や介護でも無償化や負担軽減を進めるべきだ。

 (比較政治学、福祉国家論)

やるせない老後 将来重ね

 75歳をすぎた高齢者の変化は早い。1年前より歩幅が狭く歩くのもゆっくりになった人、同じ話を繰り返すようになった人もいる。子どもや若者は成長し、できることが増えるのと反対に、高齢者はできないことが増えていく。

 ここでの食料を子どもや孫とも分け合って暮らすあの方。ここ以外では1週間誰とも話さないというあの方。いずれもここに来ることができなくなれば、毎日をどう過ごされるのだろう。

 「○○があるから大丈夫」と安心できる材料が見えないまま、お年寄りたちの背中は年々小さくなっていく。戦後の厳しい時代を生き抜いてきた人たちの老後がこれかと思うとあまりにもやるせない。同時にその姿は私たちの将来でもある。

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。詳しくは琉球新報のホームページ「沖縄からSDGs」まで。

(黒田華)

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。